世界はもっとダルシムに注意を払うべきだ

今になって思うと、私はもっと慎重であるべきだったのではないか。私は昔から来る者は拒まずの精神で生きている節がある。その時も友人に「今夜みんなで飲みに行かない?」と誘われたので私はよく考えもせずに

「行く」

と脊髄反射で答えた。うかつにも「みんな」の部分をスルーしたのだ。当然いつものメンバーで飲みに行くのものだと決めつけて。待ち合わせの飲み屋で待っていたのは、4人の若奥様だった。友人が言う「みんな」とは彼女の友人である若奥様4名の事を指していたらしい。うぇえええぇ、いやいやいやいや、聞かなかった私も悪いけど、こういう重大な事は聞かれなくても共有しなさいよ! しかもこのヘヴィーな状況に私を巻き込んだファッキン野郎は、仕事で急なトラブルが起きたとかなんとかで、開始5分でいなくなった。こうして私、若奥様4名(出会ってまだ5分)という謎のチームでの飲み会が突如として発生する事となったのだ。


この若奥様方であるが、敬意をもってここからは「マダム」と呼びたいと思う。年齢はおそらく私と同じぐらいのはずなのだけど、どうみてもマダム、完全なるマダム。絶対に白金か田園調布辺りを日傘をさしながら歩いているはずだし、なんならミニチュア・ダックスフンドを連れているはずだし、もちろん成城石井でイタリアの高いチーズを買っていると考えて間違いない。彼女達に最も似合う形容詞は「有閑」と断言出来る。私とは生きてきた世界が違う人種。私はマダムとファーストコンタクトした。


未知との遭遇は、私にとってもそうであるし彼女達にとってもまた未知との遭遇なのだ。隅っこの青い服を着たマダムなんて「なんでこの飲み会、異物が一人混じっているの?」みたいな顔している。そういう顔されると私傷つきます。なんでここにいるかなんて、私が世界で一番知りたい。


はー、それにしても、嫌な予感がする。もしかして、私とマダム達の間で共通の話題が物理的に存在しえないのでは? マダムが普段どんな会話しているとか知らんし。嫌な汗が出てきた。どうするのよこれ? ジョジョの何部が好きかってテーマで話をふっていいの? ダメだろそれ、ダメですよ! ふぁあああ。


いやいやいやいや、諦めるな私。彼女達と全く接点がないなんて、まだわからないじゃないか。仮にも同じ時代を同じ国で生きてきた同士じゃないか。彼女達と私は同じ文化を共有しているはずなんだ。可能性を信じろ。とりあえず話のとっかかりを探るんだ。


「ところで、皆さんはどういったつながりなんですか?」
「私達4人は、ヨガの教室で知り合った仲ですねー。ヨガ教室の後に、ご飯食べにいったりして仲良くなったんです。」


あ! これじゃない?! なんだ接点があるじゃないか。ここで万国共通のネタをぶっこんで笑いを取りにいけ!


「ヨガですか、なるほど、手が伸びたりする奴ですね」
「……え?」
「いや、あの、火を吹いたりするアレで……」
「……えっと、なんの話ですか? 火は吹きませんよ」
「なんかすみません、ストリートファイターIIってゲームにダルシムというキャラクターがいまして……」


ええええええええええエエええエエエぇええええぇ、どうしてこの人達ダルシム知らんのよ! なに! なに! なにその4人全員して「心の底からコイツ何言っているのかわからない」って顔は。どうやったらストリートファイターIIをスルーして人生が送れるの? じゃあなにやっていたわけ? 餓狼伝説? バーンナックルですか? もう私にはどうしたらいいか分からない。ダルシムを知らない人と何を話せばいいんだ……。開始5分で真っ白に燃え尽きてしまったので、この後にこの飲み会でどういった会話をしたか全く記憶にない。


私はこの歳になるまで世界は一つだと思いこんでいた。「ヨガ? ああ、ダルシムの奴ね」全ての人が、このようにヨガを捉えているものだと。でもそれはとんでもない勘違いなのだ。「ヨガ? ああ、インドのエクササイズですね。私ヨガマット持ってますよ」なんという事だろう、ヨガはダルシムを通してではなく認識する事が可能だったのだ。私の目にはもう世界がはっきりと分かれて見える。ダルシムを知っている人の世界とダルシムを知らない人の世界だ。


私が経験したように、ダルシムに対する認識の相違は深刻なコミュニケーションエラーを引き起こす。このダルシムギャップを回避するためには、日々の積み重ねが大切だ。友人、パートナー、上司、仕事仲間、先輩、後輩、家族、などなど、自分に関わる全ての人のダルシムステータスを把握しておかねばならない。私の場合初対面の人には「ダルシムを知っていますか?」と必ず聞くようになった。 ある意味で名前なんかより重要だからだ。 それにしてもFacebookに「名前」「出身地」「性別」とならんで、どうして「ダルシム」がないのだろう。SNSとして完全な設計ミスと言ってよいだろう。世界はもっとダルシムに注意を払うべきだ。


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