影響を大きく受けた似たようなもの

まず初めに注意事項を。怒りに任せて文章を綴っていたら品の無い文章になってしまいました。どうも大量に使った「パクリ」という単語が悪いイメージを発散しているのが原因と思われます。ですので「パクリ」という単語を「影響を大きく受けた似たようなもの」と置き換えました。こちらの方が私の本意が正確に伝わると信じます。以下がその本文です。よろしくお願いします。

え、ナニコレ、ドウイウコトナノ? 皆さん知ってます?ドラゴンクエストビルダーズってスクエニから発売されたゲームなんですけど。ニコ生で体験版をプレイしている配信を観たのですが、どの角度から眺めても、どの瞬間を切り取っても、どう解釈してもこれマインクラフトだ。 完全にマイクラの影響を大きく受けた似たようなものです。オープンワールドで、あらゆるものがキューブ状の素材で出来ている、その素材を採取、集めた素材を使って別のものを作る。その基本的なコンセプトがまったく一緒で完全にマイクラの影響を大きく受けています。こんなのマイクラにドラクエの皮をかぶせただけじゃないか。

悲しいです。私は悲しい。数々の名作を世に送り出してきたあのスクエア・エニックスが影響を大きく受けて似たようなものを作るなんて……。かつてのゲーム業界王者としてのプライドはどこへ行ったのか。ゲーム業界の荒波に揉まれプライドを捨ててしまったのか。天が許しても、私は許さない。スクエニは潔く腹をかっさばいで死ぬべき。

ところで、マイクラの影響を大きく受けた似たようなものといえば「テラリア」がありますね。マイクラの2D版とも言われているゲームです。 そういえば私、Steamで以前にテラリアを購入したものの、まったくプレイせず積んでいる状態でした。マイクラの話がでたので、この機会にプレイしてみますか。夕方から始めたのですが、気づいたら深夜2時になっていた。あぶっ、危ないこのゲーム。あやうく持っていかれるところだった。

マイクラに大きく影響を受けたテラリアを10時間ほどぶっ続けでプレイして感じたのですが、別に影響を大きく受けても何の問題もないじゃないかという事。だって、テラリアはマイクラに似ているけれどすごく面白かったんですもの。似ているからといって、マイクラの劣化コピーというわけでは決してなく、テラリアにはテラリアの面白さがあった。さっきまでの私は、なにをそんなに義憤にかられていたのか。大体ゲームにおいて影響を大きく受けて似たようなものを作るのは今に始まった話じゃないのです。ドラクエだって、ウルティマとウィザードリィの影響を大きく受けています。ドラクエのヒット後には、大量のドラクエ風ゲームが作られました。それらはすべてドラクエの似たようなものとしてとして断罪されたでしょうか? いえ、それらはまとめてRPGと呼ばれました。まったく新しい革新的なゲームが世にでると、それに追従するゲームが出てきます。新しいジャンルの誕生です。そのジャンルの中でそれぞれが面白いゲーム作るべく努力します。そのジャンルの進化が煮詰まってくると、また革新的なゲームが生まれ新しいジャンルが開拓されます。これを繰り返す事でゲームは進化してきたのです。これまでも、そしてこれからも。マインクラフトの場合も同様ではないか。ドラゴンクエストビルダーズもそうですし、任天堂からもキューブクリエイター3Dとういマイクラ風ゲームがあります、LEGO Worldsとうゲームもマイクラっぽい。これはもうマインクラフトというジャンルではないかと思うのです。ですから、マイクラの影響を大きく受けた似たようなものばかりだと嘆くよりも、新しいジャンルの誕生に立ち会っていると楽しむのが良きゲーマーというものでしょう。ありとあらゆるゲームが作られている昨今、新しいジャンルが生まれるなんてそうそうある事ではないのですから。

マインクラフト

パンツァー・フォー

なんかそろそろ劇場公開が終わっちゃいそうなので今更ですが、ガールズ&パンツァーの劇場版を観てきたので感想を書かせてください。

いやー、あれですね、粗は目立つ作品ですよね。ガルパンは元々設定がアレでしたが、劇場版はさらにぶっ飛んでアレでした。砲弾当たったら死ぬんじゃないかととは常々思っておりましたが、今回はなんか大洗の街が無くなりそうな勢いで破壊していたり、砲撃で少々地形が変わったりしておりました。ただ、その辺のガルパン特有の設定に突っ込みを入れるのは無粋というものでしょう。誰がウルトラマンが登場と同時にスペシウム光線を打たない事に文句を言いますか? これはね様式美と言うのです。こういうものなのです。

他は、ちょっと色々詰め込み過ぎの感があるかな、ごちゃごちゃしてる。それと敵側の描写が少なくて、私とか最後まで敵の大隊長のキャラクターが掴めませんでした。ただそれは、鑑賞後の興奮から随分たってから落ち着いて考えてみたら出てきたもの。もうそんな粗とかどうでもいいや。とにかく気持ちいい! 戦車がグギャーッと走って、打たれてボンッと弾けて吹っ飛んで、スコーンッと砲弾が装甲をぶち抜くんです。特に音響が最高でした。砲弾がすぐ横を通り抜けてゆく飛翔音、砲弾が装甲に着弾して金属と金属のぶつかり合う音、砲弾の集中攻撃を受けている車内などは、その振動までこっちに伝わってきそうでした。この音響はなかなか家庭で再現するのはきついものがありますから映画館に行ってよかった。

二時間の上映時間のほとんどを戦車戦をしていたのではないかと思うのですが。まったく退屈しませんでした。キャタピラのきしみ、砲塔の回頭、戦車の疾走感、とにかく動きのキビキビとしていて一つ一つが気持ちいい。カメラアングルもよく工夫されていて気持ちいい。テンポもこれ以上ないぐらいで気持ちいい。少々の粗などぶっ飛んでしまう一級のアクション映画です。アクション映画と言えばハリウッドですが、それらに勝るとも劣らないアクション映画を日本が持つことが出来たのが誇らしい。

戦車道

今日は読んだことがないマンガのレビューをしようと思う

何かレビューする作業って実はとっても大変な作業です。もちろん思った事を文章に起こすのも大変なのですが、それより何よりレビューにあたっての下準備が大変。私の場合もっぱらソフトウェアのレビュー記事を作るわけで、実際に使い込んでみたり、どんな機能があるか調べたり、使われている技術がどんなものなのかを調べたりします。そうして、そのソフトウェアがどんなものであるかのイメージを自分の中に構築してからレビューを書き始めるのです。下手をすると、いえ、いえ下手をしないでもレビューを書き上げる時間よりも、下調べの時間の方が多くかかります。

レビューをする事とは、つまり人様の作品をバカにしたり、褒めたり、けなしたり、よいしょしたりする行為の事です。しっかりと下準備を行い、確固たる根拠が背後にあるレビューでないと説得力は生まれてきません。ネガティブな内容にせよ、ポジティブな内容にせよ、適当に調べたてそれらしい文言を並べてだけの内容スカスカのレビューでは作者様に失礼というものでしょう。私は強くそう信じています。

あれ? でも本当にそうですか? 私は自分の信じたい事を盲目的に信じようとしているだけじゃないのか。誰が「よく知らないものに対しては、真に迫ったレビューは出来ない」と言ったのですか。法律で決まってたりします? そうだよ、そうなんだよ。決まってないじゃないか。自分の技倆が足りないから言い訳をしているだけでしょ。よく分かっていないもののレビューを適当にでっち上げて、「お、おう、そうなんだ」と無理やり納得させるパワーのあるレビューを書けるようになりたい。私は今まで正直過ぎた。真実か嘘かなんてどうでもよくて、そのレビューを読んで脳みそにガツンと来るかどうかだけが重要。

というわけで私には無理やり納得させる力が、まだまだ足りない。千里の道も一歩から、急には上手にならないので、地道に積み重ねる事にいたしましょう。というわけで今日は練習をしたいと思います。まったく読んだ事がないマンガに想像の翼を広げそれらしいレビューをでっち上げます。何がいいかなーと考えたですが今回は「進撃の巨人」でいきます。これならものすごく流行ったのでみんな知っていていいでしょ。一方で私は、あまりにも流行したものに対しては手を出さないという性格でまったく読んだことがございません。近づかないように生きてきた。でも、これだけの有名タイトルですから、巨人のデザインだとか、巨人から身を守るために壁を作っただとか、紐?みたいのでピュンピュン飛び回るといったような断片的な知識はあります。その漏れてきて私に到達した情報だけをベースに、どこまでそれっぽい進撃の巨人のレビューを書けるかが勝負です。読んだ事がない人には真っ赤な嘘の進撃の巨人を信じこませ、読んだことがある人には進撃の巨人でもなんでもないけど、なんだか面白そうと思わせたら成功です。

※ 以下より進撃の巨人のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください ※







進撃の巨人、全12巻を読了した事をご報告します。一日で読んだ。作者の金子さんの絵は、少々独特といいますか、味わいがあるというか、まあ下手くそですね。下手くそなんですが、疾走感のある絵+怒涛の展開のおかげで12巻を一息で読んでしまいました。エマの森薫さんは、1巻は下手くそだったのですが、連載が終わる頃には超絶技巧になっていました。金子さんも最後の方には上手にならないかなーと密かに期待していたのですが、最後までそのままでしたね。カイジの福本さんタイプか。

全体を通して、進撃の巨人の素晴らしいと私が思う点は、キャラクターを白と黒にきっちりと分けていない所です。正義と悪、勇気と臆病、強さと弱さ、優しさと厳しさ。人間をもしゃもしゃと食べる巨人は悪の象徴なのですが、人間とコミュニケートしようとする巨人も登場させて完全な悪としては描きません。リーダーとして普段はみんなを引っ張っていくカイエンも、巨人の奇襲によってパニックに陥るという弱さを露呈します。私このキャラクターの描き方とても好きです。だって実際の人間もそうじゃないですか。この人優しいなーと思ていた人がレストランの店員さんをボロクソにいじめてたりするけです。こいつはゲスだなと確信していたら今度は野良ネコを撫でようとして引っかかれ悲しそうな顔をみせたりもする。人間そんなにシンプルじゃないんだよ! 進撃の巨人のキャラクターからは、そんな人間臭さを感じる。金子さんはいい仕事をしますね、絵は下手だけど。

ストーリーの進め方も秀逸。最初は、ただ襲ってくる巨人をぶっ殺していればOKみたいな空気だったのですが、徐々に徐々に切り替えていきます。なぜ巨人に襲われないといけないのか、巨人は本当に敵なのか、巨人とは何者か。ゆっくりゆっくり疑問を持ち始めたと思ったら、中っくらいの大きさ(中人?)の第三勢力「調停者達」が現れていきなりアクセル全開。さらに人間は人間で、巨人は巨人で仲間割れを始めちゃったりで、てんやわんやのお祭り状態。これ本当にちゃんと収まるところに収まるんだよね? とハラハラしてみていたのですが、最後の最後でギュイーンと伏線を回収して収束させてくれました。ストーリーの緩急のつけ方、物語を無理やりにでもまとめる豪腕が素晴らしい。絵は下手だけど。

結局、中っくらいの大きさの調停者達がいわゆる旧人類で170cm程度。普通のサイズだと思っていた人間が実は小さくて15cm程度。巨人は人間が小さいから、相対的に超大きく見えていただけ、本当は5m程度。荒廃した地球を生き抜くために調停者達が遺伝子改造して、巨大化させる方向に人為的に進化させたのが巨人、小型化させる方向を試したのが人間というオチでした。荒廃した世界に適応とかナウシカっぽい、進化の可能性とかエヴァっぽいなどという意見が巷では言われているようですね。クワァッ!だまらっしゃい!! あらゆる作品はですね、偉大な名作たちの影響を受け、それにプラスアルファする事で新しい物を生み出してきたのです。エヴァの後のロボット物なんて、大なり小なりすべてエヴァの影響を受けているじゃないですか。それでいいのですよ。

それに進撃の巨人は、手垢が付いているネタといえど、とても丁寧に描写しています。人間のサイズが5cmという事を知ってから読み返すと「あー、そうか」となる部分が多々ある。例えばサイズがバレてしまう木とかは全く出てこないんですよね。普通のサイズの木でも小さい人間からしたら世界樹みたいになってしまうでしょうから。あと、22話でエレノアが食べていたラグビーボール状のなにかは、米粒だったんですね。言われてみると確かに米粒の形をしている。巧妙に隠しているようで、実はヒントも混ぜてある。ニクイことをするなー。

最終話では、調停者達の追加の遺伝子改造で巨人はさらに大きく、人間はさらに小さくする事で巨人と人間の抗争に終止符を打つという事になります。そうなるとサイズ差はもうミクロの決死圏レベルになりますから、お互いに争いたくても争えない。なかなかの妙案じゃないかと思うのですが、同時にとても悲しい解決方法です。サイズを変える事で、お互いの住む世界が物理的に分かたれます。作中でしっかり明言されてはいないのですが、巨人のマクシムスは、人間のエレノアに対して友達以上の気持ちを持っていたのではないかと思う。マクシムスが去り際にちらりとエレノアの方を振り向いたのは、その気持ちの発露ではないだろうか。彼らはもう言葉を交わすこともかなわないのですね。悲しい。

結末には賛美両論あるようですが、私はこういった物悲しい終わり方好きです。アダルトなエンディングでした。ですから私は、進撃の巨人を大人に読んで欲しい。前半こそ疾走感溢れるバトルが多いですが、後半に行くにつれて葛藤などを描くヒューマンドラマとしての要素が強くなっていきます。後半を本当の意味で楽しめるのは、酸いも甘いも噛み分けた大人でないとダメだと思うのです。進撃の巨人が少年誌で連載されていたのが残念でなりません。

なんにせよ、前半の力と力のぶつかり合い、後半の心と心のぶつかり合い。どちらも素晴らしかった。当代一級のストーリーであることは私が保証します。絵は下手だけど。

進撃の巨人(うろ覚え)

Kindleで次の巻へジャンプする機能について

今日は、完全にお知らせというか、念のための共有をさせて頂きたい。この前ですね、私がKindleを操作しているところを見ていた人に「へーそんな機能があったんだ」と言われる事件がありました。むしろこっちがビックリした。だって、私とかその機能は物心つくまえから当然のものとして使っていて、Kindleユーザーなら200%知っているものだと思っていたのですから。どうして知らない。

マンガ読むじゃないですか。マンガってすぐ読み終わっちゃうじゃないですか。次の巻に切り替えないといけないじゃないですか。Kindleには、次の巻にジャンプする機能があります。一旦ホーム画面に戻る必要無し。やり方↓

奥付のあたりまで読む

上部をタップしてメニューを出す

下部に普段は出ない次の巻へジャンプするボタンが出る
(端末に次の巻がない場合はダウンロードボタンが出る)

確かに落ち着いて考えると、あまりにも自然に表示されるので以外と知らない人は多い? 時々なんでか知らないけど、次の巻へのボタンが出ない本とかもあるけどご愛嬌。マンガ大国日本では必須の機能です。

次の巻へジャンプ

大は小を兼ねる

Reblogen - オートマティックTumblrクライアント

Reblogenのダッシュボードのデザインを変更しました。今回の変更モチベーションも前回と同様に表示領域の拡大です。参考。画像は限界まで大きく表示するべきなのです。私の気になるところはどうしてもそこ。旧インターフェースで使っているときは気になって気になって仕方がなかった。なんでこんなど真ん中にデッドスペースが鎮座しているのか(↓のスクリーンショット参照)。許せない、スペースの無駄遣いが許せない。いやね私だってスペースの存在自体が無駄だと主張しているわけではないのです。WEBアプリのインターフェースを設計するうえで適切なスペースを取ることは必須と言えるでしょう。でもだからってこんな一等地にスペースがあっていい理由にはなりません。出て行け。

投稿の詳細(投稿者、ノート数、タグ)などを表示するエリアだったのですが、まあ投稿者のアイコンとノート数だけで他は不要でしょという判断でコントローラーの上部に移設。詳細の情報は投稿者のアイコンをクリックすると表示されるように変更しました。これによって、横幅165pxを確保しました。初代ゲームボーイの横ピクセルが160なので同じぐらい。コングラッチレーション!

使ってみたのですが大きく確保した横ピクセルの活躍の機会が少なかった。まあ知ってたけど。横長画像より縦長画像が多すぎるこんな世の中じゃ。君たちもっと超ワイドな画像を投稿しなさいよ。しかも旧インターフェースより画像が左寄りになるので、慣れるまで時間がかかるかも……。でも私は1mmも後悔なんてしていませんよ! 本当です。たとえ活躍の機会が少なかったとしても、メモリは多い方がいいし、ディスプレイは高解像度がいいし、Reblogenの表示領域は広い方がいいのです。広さは正義。

ダッシュボードのデザインを変更