トヨタはル・マン優勝しましたから! 勝ちましたから!
2018年6月17日、第86回ル・マン24時間レースにおいて我らがトヨタが優勝しました。おめでとうございます! コングラッチュレーション! あのトヨタが勝つなんて、私嬉しいです。ただ、歴史的な一勝だったのですがレース直後には以下のような批判もありました。
「トヨタのライバルとなるようなチームがいない状態で優勝しても価値はない」
まあ確かにトヨタのライバルはいませんでした。前年覇者のポルシェが撤退してしまったので、ワークス(自動車メーカー自身がレースに出ること)はトヨタ一社でした。私はこの批判に対してトヨタの名誉のためにも、一言物申してやろうと思ったわけです。でもうかうかしていたら大きな事件があったり、ワールドカップだったりでトヨタのル・マン優勝の話題は迅速に流れ去って行きました。批判している人はもう誰もいません。相手なき反論は、ただただ虚しい。それでも、だとしても、私はここに批判に対する反論を書こうと思う。誰もいない所に向かって力いっぱい訴えるのです。この勝利の重みを。この勝利の偉大さを。虚しくたって私はやります。だって、このままトヨタの勝利が流れてしまうのはあまりに悲しいから。
激戦の年とそうでもない年
さて元気を出して行きましょう! どんな批判だったかもう一度振り返ってみましょう。
「トヨタのライバルとなるようなチームがいない状態で優勝しても価値はない」
つまりライバルのたくさんいる年の優勝には価値があって、ライバル居ない年の優勝に価値はないという主張ですね。この点につきましては、大丈夫ですよとお伝えしたい。大丈夫、だーいじょうぶ、そんなのみんなすぐに忘れるから。気にする必要なし。以下に近年のル・マン優勝車リストを用意しました。
年 | 優勝車 |
---|---|
2018年 | トヨタ TS050 |
2017年 | ポルシェ 919ハイブリッド |
2016年 | ポルシェ 919ハイブリッド |
2015年 | ポルシェ 919ハイブリッド |
2014年 | アウディ R18 e-tron クアトロ |
2013年 | アウディ R18 e-tron クアトロ |
2012年 | アウディ R18 e-tron クアトロ |
2011年 | アウディ R18 TDI |
2010年 | アウディ R18 TDI |
2009年 | プジョー 908HDi-FAP |
2008年 | アウディ R10 TDI |
2007年 | アウディ R10 TDI |
2006年 | アウディ R10 TDI |
2005年 | アウディ R8 |
2004年 | アウディ R8 |
2003年 | ベントレー スピード8 |
2002年 | アウディ R8 |
2001年 | アウディ R8 |
2000年 | アウディ R8 |
1999年 | BMW V12 LMR |
これをパッと見てどの年が激戦の年だったなんてわかりますか? もちろんね、ル・マンに詳しい人はあの年はどうだったこの年はどうだったとかわかるでしょうが、大多数の人はそんな事わかりゃしないのです。この表に情報を追加したものを以下に用意しました。
年 | 優勝車 | ワークス数 | 備考 |
---|---|---|---|
2018年 | トヨタ TS050 | 1 | |
2017年 | ポルシェ 919ハイブリッド | 2 | |
2016年 | ポルシェ 919ハイブリッド | 3 | トヨタ2位 |
2015年 | ポルシェ 919ハイブリッド | 4 | |
2014年 | アウディ R18 e-tron クアトロ | 3 | トヨタ3位 |
2013年 | アウディ R18 e-tron クアトロ | 2 | トヨタ2位 |
2012年 | アウディ R18 e-tron クアトロ | 2 | |
2011年 | アウディ R18 TDI | 2 | |
2010年 | アウディ R18 TDI | 2 | |
2009年 | プジョー 908HDi-FAP | 2 | |
2008年 | アウディ R10 TDI | 2 | |
2007年 | アウディ R10 TDI | 2 | |
2006年 | アウディ R10 TDI | 1 | |
2005年 | アウディ R8 | 0 | |
2004年 | アウディ R8 | 0 | |
2003年 | ベントレー スピード8 | 1 | |
2002年 | アウディ R8 | 3 | |
2001年 | アウディ R8 | 2 | |
2000年 | アウディ R8 | 2 | |
1999年 | BMW V12 LMR | 5 | トヨタ2位 |
激戦の年を可視化するために、各年のワークスの参戦数を記入。参戦数で色分けもしてあります。1999年が最強に激戦の年でした。BMW、ベンツ、トヨタ、アウディ、日産がワークス体制で参戦してどえらい事になった。逆に2004年は、ワークスチームが 0台 でした。アウディがマシンだけ供給したチーム郷が優勝した年です。このようにル・マンは結構、年によって激戦の度合いがかなり違います。加えてトヨタが善戦した年は、備考にその旨を追記しました。この期間でトヨタは2位を3回、3位を1回とっています。ここまで表を作り込めば、どの年が激戦だったとか、トヨタも優勝こそ出来ていませんが実は上位入賞は何度もしているという事がわかります。逆に言えばここまで作り込まないと、激戦度合いであるとか、どの車が善戦したであるとかの「些末」な情報は消し飛んでしまうのです。だってこのリストは優勝車のリストだから。トヨタの名前がこのリストに載った事実だけが重要なのです。
ル・マンが楽勝?
またこのライバルが居なかったという批判には、ライバルがいない = 楽勝だったというニュアンス含まれていますね。ル・マンでの勝利が楽勝? 君は何を言っているのだ。もしかしてル・マンの事あまりご存知じゃないのでは? 楽に勝てるル・マンなんてものはこの世には存在しませんよ。それは他ならぬトヨタが一番知っています。トヨタは何度もひどい目にあっていますが、中でも2年前、2016年は地獄だった。2016年のル・マン、中嶋一貴選手がドライブするトヨタ5号車はトップを快走していました。誰もが勝利を確信した残り6分、中嶋一貴選手からの悲痛な無線が飛びます。
「I have no power ! no power !」
その後スローダウンしながらなんとか走行しますが、残り3分でトヨタ5号車は止まってしまいました。その時の動画↓
ル・マンには魔物が棲んでいると言われます。私はこの時ほど魔物の存在を強く感じた事はありません。だってそうじゃないですか。 24時間のレースという事は、1,440分のレースなわけです。その内1,434分間は快調だったマシンが、残り6分で壊れるとは思わないじゃないですか。99.6%まで勝利を手にしておきながら、0.4%だけ及ばなかった。ル・マンは、それだけマシン、ドライバー、チームそれぞれが限界ギリギリのところで勝負をしているのです。楽なはずがない。
シャウト
さて最後に虚空に向かって私の主張をシャウトしたい。
「勝ちゃあいいのです。勝ちゃあ!」
どんなスポーツであったとしても勝利こそが最も重要な事なのです。勝たないと駄目なんです。だから私は、過程を変に重要視することは嫌いかな。「負けたけど良い試合だった」「正々堂々戦って勝ちました」そんなんはどーでもいいわ。勝ちは勝ちだし、負けは負けでしょ? 勝ち負けに貴賎なし。その意味で今年のトヨタは疑いようもなく優勝したのです。誰にも文句は言わせない。おめでとうトヨタ。おめでとう中嶋一貴選手。最高のレースでした。
Amazonゴールドカードで愛を表現する
みなさん、愛情表現してますかー? パートナー、恋人、友人、猫、サボテンなどなど、貴方が愛しているものに愛を伝えているでしょうか。 もしかして
「愛情表現なんかしないでも、私の愛は伝わっているから」
なんて、とんでもない勘違いをしていませんか。愛というものは言葉で、行動で表現しないと絶対に伝わらないのです。そういう風にできているのです。
今日は私のAmazonへの愛の表現方法をご紹介したい。Amazonへの愛情表現は、画面のこっちで投げキッスをしてもAmazonまでは届かないという問題があります。ですから主に金銭的な面で愛情表現を行っております。感謝と愛の気持ちをお金に代えて、Amazonへ送りつけるのです。以前はその役目をプライム会員の会費が担っておりました。 2010年11月 ~ 2015年9月の間プライム会員の特典がしょぼ過ぎて、ただ会費をAmazonに収めるだけのサービスと化しておりました。愛の表現のためにただ送金をしたいというニーズに対して、ぴったりのサービスだったのです。ただ現在のプライム会員は、特典が大量に拡充された影響で、愛の表現には全く適さない使えないサービスとなってしまいました。契約するとむしろ得をしてしまう。別のものを探す必要があった。
Amazonゴールドカード
というわけで私は、プライム会員に代えてAmazonゴールドカードを愛の表現ツールとして愛用しております。なぜならAmazonゴールドカードにはキラリと光る特徴があるためです。
年会費:10,800円
なんと素晴らしい。金ピカのかっこいいカードが貰えるのにとどまらず、年間1万円もAmazonに上納する事が出来るのです! Amazonよ私の愛を受け取ってくれ。私はAmazonゴールドカードをAmazonでの決済にとどまらず、その他支払い系も集約して使い倒しております。
本当に愛は届いているのか?
とまあ、そんなつもりでAmazonゴールドカードを使っていたのですが、最近それに対してちょっとだけ疑問が。本当に私はAmazonへ送金(送愛)出来ているのだろうか? 年会費を払う事が重要なのであまり気にしてなかったのですが、AmazonゴールドカードでAmazonの支払いをするとポイントがもらえるみたいなのです。マイページのポイント獲得履歴ってところを覗いたら結構もらってた。なにか嫌な予感がする……。ちゃんと調べた方が良さそうです。
まず年会費です。年会費が 10,800円 なのは間違いないのだけれど、実際にはそんなに払っていませんでした。いろいろ割引やら特典やらがある。Amazonゴールドカードはプライム会員(年会費3,900円)が無料になります。明細を郵送ではなくWEB明細にする事で 1,080円 の割引が適応されます。さらに支払いをリボ払いにする事で、5,400円 割り引かれます。リボ払いとかドン引きする人もいらっしゃるかもしれませんが、実は裏ワザがあるのです。月々の限度額とリボでの支払い額を同じにする事でリボ払いなんだけど、毎月一括払いになって利子が発生しなく出来るという技。私もこの設定にしておりました。だってどっかのサイトにそうしろって書いてあったんだもん! それらを全部適応して実質年会費 420円 しか払っていなかった。
ポイントに関しては、Amazonの支払いをAmazonゴールドカードで支払う事で、2.5%のポイント還元を受けられます。AmazonポイントってAmazonでの支払いに使えるので実質的に割引と同じ。1,000円の買い物で25円割引って結構すごくないです? さらにAmazon以外の利用でも1%のポイント還元が適応されます。調べたのですが、この1%という還元率は他のクレジットカードと比べても高還元率な方だとの事。
どれだけもらっているかを知るために、去年(2017年)1年間のAmazonゴールドカードからもらったポイントを集計しました。年会費と獲得ポイントのまとめは以下
年会費 | -10,800円 |
プライム会員無料 | +3,900円 |
WEB明細サービス割引 | +1,080円 |
リボ払い割引 | +5,400円 |
年間獲得ポイント | +24,139円 |
合計 | +23,719円 |
ふぁあああああああぁ。2万3千円の黒字なんですが! 割引云々の前に私2万4千円もポイント獲得してる! なんという事だろう。私は、愛を与えているつもりだったのに、私の方が愛を受け取っていたなんて……。
何か他の方法はないのか?
これでは、まるでヒモではないか。駄目です、こんなただれた関係は私が納得できない。何か、何か無いのか。私のこの愛を、溢れるLOVEを、Amazonさんに届ける送金方法は。考えろ、何か考えろ。あ、グッズ? Amazonグッズでも買います?
Amazonマグカップ買ってみました。それらしく歯ブラシを2本さしてみたけど、どう? 愛は表現出来た? いや、いや、いや、これじゃない気がする。だってマグカップ700円だったし。安いし。何か、何か他のプリーズ。Amazonさん、お願いだからAmazonスーパープラチナゴールド会員みたいの作ってください。特典は、シリアルナンバーが書かれた会員証が発行されるだけのヤツ。年会費1万円ぐらいで。急いで。
Reblogen ランキングを作りました
Tumlbrで人気のあるポストランキングを表示する「Reblogen ランキング」を公開しました。直近24時間のポストの中でリブログやライクの件数が多いポストを集めてランキングを生成しています。画像のみ対応。Tumblr全体を元にランキングを作れればいいのですが、そんな方法は皆目見当がつきませんでした。だから有名そうなアカウント50個ぐらいを走査して、その中からランキングを生成しています。この方法でもなんとなくTumblrで流れているポストの雰囲気がわかるかと思います。
Tumblrへの冒涜行為
さて早速なんですが、果たしてこんな事をして良かったのか。Tumblrの理想型は言うまでもなく、究極のパーソナライズです。個々人のダッシュボードは、それぞれが心地よいと思えるものだけで埋まっていなければなりません。猫画像だけが流れているダッシュボード、面白いテキストで満ちているダッシュボード、とんでもなくエロいダッシュボード、100人のタンブリスタが居たとしたら120通りのダッシュボードがあるのです(複数アカウントの場合あり)。
一方で私の作ったReblogen ランキングはどうか。多くの人が面白い、美しい、楽しい、綺麗と感じるポストを集めたサービスです。言うなれば最大公約数的なポストの集積なのです。そこに個人という概念は存在せず、Tumblrの理想型とは真逆に位置しています。Tumblrと真摯に向き合っている人々からすれば冒涜的な唾棄すべきサービスとして写ることでしょう。そのお怒りもごもっともです。だって私はサッカーの面白さを知ってもらうために、手を使ってもOKだと言っているようなものですから。ただ私はその批判を甘んじて受ける覚悟でいます。私は理想と遠かろうがなんだろうが、もっと多くの人がTumblrに触れて、その魅力を知って欲しいのです。Tumblrを取り巻く世界がもっと豊かになって欲しい。
彼らは偉大だった
Reblogen ランキングは、Tumblrの入り口としてのWEBサービスを目指しています。実は、その部分を担っていたWEBサービスは他にも存在します。
たんぶらうざ
Tumblr PORT
両サービスともにTumblrで人気のポスト表示するようなWEBサービスでした。しかし、Tumblr PORTは閉鎖、たんぶらうざは何年も前に更新停止となっています。私は彼らが居なくなってから初めて気づきました。こういった入り口となるようなサービスは、絶対に必要だったんだと。だから作りました。
廃人の方もぜひ
最後にセールスポイントなんかをちょっと紹介したい。Reblogen ランキングは、Tumblrへの入り口となるようなWEBサービスを目指しました。多くの人の目に触れて欲しかったのでスマホでも閲覧出来るようにしてあります(雑な感じでの対応ですが…)。そのメインのTumblrへの入り口としての役目に加え、熟練タンブリスタの利用にも耐える事をサブのミッションに掲げました。たんぶらうざリスペクトのシンプルなデザインにしましたが、こう見えてショートカットキーをサポートしていてSキーとWキーでポストの移動が可能です。また、ログインすればそのままリブログ・ライクが出来るようにしてあります。熟練ユーザーに対しては、趣味嗜好の発見場として意味があると考えています。猫画像が好きな人も、気づいていないだけで実は廃墟画像もいける口なのかもしれないのです。そんな新しい地平を切り開く手伝いをしたい。だからTumblrを使った事がない人も、すでにTumblrを愛している人にも等しくReblogen ランキングを使って欲しい。
やる気を出すには自分の事をロボだと思え
皆さんはやるべき事があるのに、やる気が出ない場合はどうやって自分を奮起させているでしょうか? 音楽を聞く? 気分転換に散歩をする? かぁーーっ、 君たち何も分かっていない! そんな方法じゃダメですよ、なんの解決にもならない。今日は、意識高い系の私が、上から目線で皆さんに解決方法をレクチャーしたい。
といってもね、今日紹介する方法は私が発案したものではありません。Twitterか、Tumblrか、ブログか、なんかその辺のWEB上の片隅でみかけた。出典を頑張って探してみたのですが見つかりませんでした。なので大体の記憶から文章を起こすとこんな感じ。
“やる気なんて不確かなものに頼るから駄目なんだ。自分の事をやるべきタスクを淡々とこなす機械だと思えばいい。”
- 詠み人知らず
細かい文言は違うでしょうが、大体こんな趣旨の話でした。さすが良いこと言うなー(どなたかは知りませんが)。つまりやる気を出すべく色々手を打つのではなく、そもそも「やる気」とかいう、ふわっとしたものは投げ捨てて、機械のごとくタスクをこなせという事です。これ面白くないです? 解決へのアプローチの仕方が斜め上でとってもクール。
実践編
さて実践編です。機械になる、つまり人間を捨ててロボットになればいいのです。想像力をたくましくしくする事が重要になってきます。さあ、イメージしましょう。今キーボードを叩いている両手は生身の腕では無い。金属製のマニピュレータだ。骨と筋肉によってではなく、金属とモーターによって動作している。耳をすませばシャーッというモーターの作動音が聞こえるはすだ。胴体も、足も、頭部もすべて鈍く光るスティール製。血の代わりにオイルが流れている。 何も考えるな、感情なんて機能は私には実装されていないっ。……… I, Robot. 私ハ、与エラレタ仕事ヲコナスダケノロボット。マイ、マスター命令ヲクダサイ。ハイ、承知シマシタ。本日ノ15時マデニ洗濯物ヲ取リ込ミマス。トコロデ「15時マデ」トハ、15時00分00秒ハOKデスカ? ソレトモ14時59分59秒ガリミットデスカ? コノ場合タイムゾーンハ何ヲ使用スレバヨロシイデスカ? アト急ニ気ニナッタノデスガ、モミアゲトヒゲノ境界ハドコニアルノデスカ?
あ、駄目ですね。このロボ駄目ですよ。些細な事が気になって全く前に進めない奴だ。でもロボをイメージする事ですが、簡単なようで地味に難しいのです。考える機能がないようなロボだと融通が効かないし、かといって人間と見分けのつかないような感情を持っているロボだと勝手にサボったりするので駄目。絶妙なさじ加減のロボをイメージしなければならない。
お手本ロボをイメージする
私が一から妄想したロボは例外なくポンコツなのでもう諦めました。なにかイメージする上でお手本となるロボを据える事にしましょう。映画、アニメ、マンガなどに登場する、ロボ、アンドロイド、AIなどからちょうどいい奴を選んで、そのロボになりきるのです。ここでまたまた問題が。ちょうどいい奴意外といなくない? 例えばガンダムのハロとかどう考えても駄目じゃないですか。アイツにはアムロを励ますことしか出来ない。じゃあもっと頭のいい奴と思って「のび太の海底鬼岩城」のバギーちゃんをイメージしても、すぐ拗ねるし、しずかちゃんの言うことしか聞かないしで役にたたない。
ムキになって片っ端から試した結果、なんとか実用に耐えるロボを発見しました。スターウォーズのR2-D2がいい具合。R2-D2は出来る子ですから、サクサクとタスクをこなしてくれます。唯一の問題点は、ピポッ、パポッ としか喋れない点でしょうか。皆様におかれましては、私がピポッ、ピチュー、ピピとか喋りながら作業していたら「ああ、集中しているんだな」と暖かく見守って頂ければ幸いです。ちなみにこのブログの記事もR2-D2になり切って書いております。それにしても、この方法はむしろポパピピッ、ピポ、パーピロピロッ、ピッ、ピッ、ピシュー、ピーーー、ピシュン、パー、ピピピ、プロピー、ピポッ、ピ、ピ、ピチューーーーンッ。
(By littlelostrobot from Orlando, USA (iger and lucas) [CC BY 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/2.0)], via Wikimedia Commons)
リズと青い鳥を正しく評価せよ
現在上映中の「リズと青い鳥」を観てきました。京都アニメーション制作、山田尚子監督作品です。それで「リズと青い鳥」について思った事を今日は書きます。
スピンオフ作品
リズと青い鳥は、「響け! ユーフォニアム」のスピンオフ作品です。響け! ユーフォニアムと同じ世界、時間軸を共有しています。作中の時間としては、響け! ユーフォニアムの2期の後ぐらい。主人公が、従来のユーフォニアムの黄前久美子ではなく、3年生になったオーボエの鎧塚みぞれと、フルートの傘木希美になっています。スピンオフというか、響け! ユーフォニアムの続編と言ってもよいと思うのですが、この作品にはタイトルに「響け! ユーフォニアム」という名称を使っていません。これが個人的には納得いかない。確かに絵が響け! ユーフォニアムとはかなり違っていたり、主人公が違ったりはするのですが、うーん、その判断はどうなんだろう。単独の作品としても視聴に耐えるように配慮されていたように思いますが、響け! ユーフォニアムを知っている方がより多く楽しめるのは間違いありません。もしかしたら制作側の響け! ユーフォニアムを超える新しい作品をつくりたいという気概の現れだったりするのかもしれませんが……。
この件、地味に実害があります。響け! ユーフォニアムのファンがリズと青い鳥が関連作品だって事に気づかない事とか絶対ある。実際私は、響け! ユーフォニアムが大好きなんですが、リズと青い鳥が関連作品だって事に気づいたのは公開直前ぐらいでしたもの。全然別の作品なのかと思っていた。だから「リズと青い鳥 ~ 響け! ユーフォニアム ~」こんな感じでちっこく末尾に入れておいてくれればよかったのに。
表現方法
京都アニメーションの作品は大体そうなのですが、セリフに頼らない表現が素晴らしかったです。この作品は、京都アニメーションの作品群の中でもすば抜けていると感じました。主人公の鎧塚みぞれが、無口キャラというのもあり、セリフ以外の部分で雄弁に語らせているのです。足元にカメラを向けて歩き方でどんなキャラクターなのか表現したり、みぞれが髪を掴む仕草をみせる、ちょっとした視線の動き、凝ったカメラーワークなどなど。もう私なんか終始「はー、山田尚子さんやべー、はー」とか脳内でシャウトしながらみておりました。
オーボエの音色
鎧塚みぞれがオーボエ担当なので、もちろんオーボエを演奏するシーンがあります。そのオーボエがすごくて。あんなに豊かな音色が出せる楽器なんだと感心しました。こういった音楽で観客を圧倒するってすごく難しいと思うんですよね。だって私、音楽なんてまったくの素人ですよ。音の良し悪しなんてわかりません。そんな私がガンガンに魂を揺さぶられたのです。なんか、テクニックでもあるんですかね? 「こんな風に音を加工すると、素人は簡単に感動しちゃうんだぜ。ちょろいわー」的な何か。もういいです、私はちょろいと思われていてもいい。だってちょろかろうがなんだろうが、私感動しましたもの。ぜひ皆さんにも聴いて欲しい、それも映画館で。映画館の音響設備は素晴らしいですからね。
描写の丁寧さ
この作品ですが、劇的な変化は描いていません。例えるならば、最初は手をつないでいたのに、3歩はなれ、それがまた近づいて背中合わせに。触れてはいないが、空気を通して相手の体温が感じられる。なんかそんなです。そんななんです。リズと青い鳥は、3歩ほど離れてしまったお互いの心の距離、それを90分丸々使って縮めてゆく物語です。その微妙な心の動きを丁寧に丁寧に描いています。その意味ではカタルシスは少ないのですが、すっと抜けてゆく風のような爽快感がある。
興行成績
リズと青い鳥の興行成績ですが、初週は11位だったとか。
※ 参考【週末アニメ映画ランキング】「名探偵コナン」が2週連続首位、「リズと青い鳥」は11位スタート。
今の所、興行成績はイマイチになりそうな雰囲気がある。
ちょっと話が変わりますが、「効率的市場仮説」という言葉をご存知でしょうか? 株式用語で、その会社の価値は速やかに株価に反映されていて、市場は完璧に効率的であるとする仮説です。この言葉の後は決まって「だから株価は常に適正価格なので、タイミングなど気にせずに株を買って長期保有しましょう」というように論理展開がされます。長期投資家のスローガンのような言葉です。私この「効率的市場仮説」って言葉大好きなのです。だって、その会社の価値が正しく株価で評価されているとか、公平で素晴らしいじゃないですか。この考え方、なにも株式市場だけでなくてもいいと思うのです。同様に小説、マンガ、アニメ、映画といったコンテンツに対する評価も効率的であるべきだ。私は「効率的コンテンツ仮説」を提唱します。
「効率的コンテンツ仮説」によればリズと青い鳥は、興行成績がすごいことにならないとおかしい。だって素晴らしい作品なんですから。映画館はパンパンにならないとダメだし、Blu-ray はヒュンヒュン売れないとダメなのです。「興行成績は振るわなかったが、知る人ぞ知る名作」みたいな褒め言葉? がありますが、そんなんはごまかし以外のなにものでもない。言い換えれば「名作なのにみんなが映画館に来てくれなかった」と同義なわけですから。このままでは、リズと青い鳥が埋もれてしまう。コンテンツ業界の効率性がたりない。「効率的市場仮説」の実現には、投資家の株の売買が必要なように「効率的コンテンツ仮説」の実現にはコンテンツの消費者である我々一人ひとりの不断の努力が鍵を握ります。ハイッ! というわけで、コンテンツ業界を効率的にするために、みなさん必要な行動を開始してください。全員、映画館にリズと青い鳥を観に行くように。2回は観てください。私も来週にでも2回目を観に行こうと考えています。初回は、みぞれに注目して観ていたので、次は希美の心の動きに注目したい。
(『リズと青い鳥』公式サイトより)
ゆるキャン△? 本当のキャンプはもっと殺伐としているぞ
2017年冬アニメは、粒ぞろいでしたね。ヴァイオレット・エヴァーガーデン、宇宙よりも遠い場所、そしてなんといっても、日常系キャンプアニメの決定版、ゆるキャン△でしょう。とても良い出来て、私もついついキャンプに行きたくなってしまいました。
でもちょっと思ったのですが、これってちょっと危険じゃないですかね? 私はこう見えて平均よりは多いキャンプ経験を持っています。その私からみると、ゆるキャンはキャンプの最も美しい上澄みの部分だけを抽出したようにみえる。私の知っているキャンプとは全然違う。そこの所を勘違いした方が、キャンプに行くと幻滅してしまうのではなかろうか。ゆるキャンでは、キャンプそのものが何かキラキラした素敵な体験であるかのように描かれていました。私は、キャンプの本質はキラキラした部分では無いと考えています。私のキャンプでの実話を紹介しつつ、キャンプとはなんであるかを、考えてみたい。
雨キャンプ
ゆるキャンで特に現実と乖離していると感じたのは、雨のキャンプシーンが皆無な点です。雨キャンプ無しでキャンプは語れません。ゆるキャンのアニメはもちろん、原作も読みましたが雨キャンプは無し。アニメのエンディングで雨の日のシーンが出てくるので、雨キャンプやるのかと期待していたのですが、結局本編では出てきませんでした。
雨はきっついですよ。本当にきっつい。行動が制限されるし、濡れるし、薪はしけってしまうしとにかくきっつい。私はこんな経験があります。なんか滝みたいな雨が降っている日にキャンプをしていました。地面がぐちゃぐちゃのべろべろで歩くとくるぶしぐらいまで泥に埋まってしまうし、雨が凄すぎて水場まで行けず雨水で鍋を洗ったりしてました。なんとかかんとか寝袋に潜り込んで寝てたら、なんだか冷たい感触が……。気づいたらテントの中まで浸水して水浸しでした。寝袋はビチョビチョだし、水位は1cmぐらいあるしで、寝れる状況ではない。仕方がないのでザックの上に座りながら朝まで耐えました。朝になったら雨が止んでくれたので良かったものの、あの日は死ぬかと思った。今思うとどこかに避難した方がよかったかもしれませんね。
虫の襲来
虫は要注意です。ゆるキャンの劇中では冬なので虫は登場しませんが、普通のキャンプでは虫は絶対に登場してくる。しかも時々ビッグウェーブが来ることすらある。私すごいウェーブを経験した事があるのです。未だになんであんな惨状になったのか意味不明です。小雨が降っている中で、私達はタープ(日よけ、雨よけの布)を張っていたので雨宿りに来たのかもしれません。虫が来たのです。ぶわーって虫が。羽虫的なちっこい奴が2億匹ぐらいきました。本当に2億匹ぐらい来た。一瞬ですべてが羽虫に占拠されました。テーブル、椅子、クーラーボックス、鍋、etc あらゆる物に虫が取り付いて1cmぐらいの黒い虫の層が出来ました。どさくさに紛れて羽虫以外にもモスラみたいな蛾まで混じっていて凄まじい光景。料理をしようにも鍋は虫さんの住居になっているので料理出来ない。椅子は虫さんが使っているので座れない。その日の夕飯は、たまたま手に持っていたチョコチップのスティックパンを立ったまま食べて飢えを凌ぎました。虫怖い。
トイレが無い
トイレの問題もありますね。普通キャンプ場には、トイレが付いているでしょうから問題ありません。しかしキャンプとは整備されたキャンプ場で行うとは限らないのです。私もただの原っぱでキャンプをした事があります。無論トイレは無し。必然的に、野◯ソであります。野グ◯というのは一種の背徳的な行為でありますので、私の仲間内では「野◯ソ行ってくる」などと宣言する事はマナー違反とされていました。野グ◯に行く人は、無言でスコップとトイレットペーパーを手に取り、堂々と藪に入って行く事こそ正しい作法でした。周りは「お、コイツ野◯ソに行くのか」と暖かく無言で送り出します。その際にどの方角の藪に入って行ったのかに注意しておく必要があります。自分が野グ◯に行く際に、同じスポットで野◯ソをしてしまうという悲劇を避けるためにも、先人とは違う角度で藪に入る必要があるためです。これは一種の生活の知恵と言って良いでしょう。
キャンプは野外でやるもの
結構ご存知ない方も多いかと思うのですが、キャンプって野外なんですよ。クーラーとか無いのです。高知の四万十川をボートで川下りしながらキャンプした時、くっそ暑くて。いや夏なんだからそりゃ暑いのは当然なんですが、あの時あの場所は常軌を逸していた。10日ぐらいキャンプ泊したのですが、10日間全部晴れ。平均気温が37度ぐらいあった気がする。あっついから服を来たまま、川にバシャーンと入るのですが、川から上がるとあまりの日差しと暑さで5分ぐらいで服がカラッカラに乾いてしまうのです。どうなってんだ高知は、修羅の国過ぎる。でも野外なので逃げ場はない。そんな環境に10日も居たのでキャンプが終わった後は2週間ぐらいは、黒人に人種変更していました。
キャンプ飯
ゆるキャンでは美味しいキャンプ飯がたくさん出てきますが、全部が全部あんなんじゃないですよ。ゆるキャンの1話に夕飯にカレー味のカップラーメンを食べるシーンがありますが、アレはリアリティ良しです。南アルプスの北岳(日本で二番目に高い山)にテント泊で登った時の話です。テントから食べ物まで全部リュックに入れて持っていくので、限界まで軽くしないといけません。ですから余計なものは持っていくことが出来ず、主食はチキンラーメンと魚肉ソーセージでした。世界一インスタ映えのしない夕食です。でも確かなのは、あの時のチキンラーメンは人生で一番うまいチキンラーメンだったということ。20kgオーバーの荷物を背負って一日中登山した後の食事なんでそらそうです。なんでもうまい。
キャンプとは
とまあキャンプとは、概ねこんな感じなのです。もちろん、100人いたら100通りのキャンプがあるでしょうが、本質は変わらないと信じます。私にも焚き火を囲んで仲間と語り合ったとか、夜空が死ぬほど綺麗だったとかのキラキラ系思い出もあります。しかしそれらは私の中で完全に脇役なのです。私の中で大きなウエイトを占めているのは、つらかったキャンプの思い出です。
こんなにつらいならホテルに泊ればよかった、なんなら家から一歩も出なければよかった。なのになぜ人はキャンプに行くのか? それは、キラキラな体験をするためなんかではなく、水没して、虫に襲われて、野グ◯して、焦げて、チキンラーメンを食べに行くためです。そして家に帰って来て自宅の素晴らしさを再確認するのです。「この家水没しないんだ。すごい」「トイレに行くのにスコップ持たなくていいんだ」ありふれた日常がどれほど素晴らしいものであるかに気づくでしょう。さあ、キャンプに出かけましょう。注意点は、スコップとトイレットペーパーを忘れずに持って行く事、そして水没したらすぐに避難すること。死なない程度に楽しみましょう。Have a nive camp!!
世界はもっとダルシムに注意を払うべきだ
今になって思うと、私はもっと慎重であるべきだったのではないか。私は昔から来る者は拒まずの精神で生きている節がある。その時も友人に「今夜みんなで飲みに行かない?」と誘われたので私はよく考えもせずに
「行く」
と脊髄反射で答えた。うかつにも「みんな」の部分をスルーしたのだ。当然いつものメンバーで飲みに行くのものだと決めつけて。待ち合わせの飲み屋で待っていたのは、4人の若奥様だった。友人が言う「みんな」とは彼女の友人である若奥様4名の事を指していたらしい。うぇえええぇ、いやいやいやいや、聞かなかった私も悪いけど、こういう重大な事は聞かれなくても共有しなさいよ! しかもこのヘヴィーな状況に私を巻き込んだファッキン野郎は、仕事で急なトラブルが起きたとかなんとかで、開始5分でいなくなった。こうして私、若奥様4名(出会ってまだ5分)という謎のチームでの飲み会が突如として発生する事となったのだ。
この若奥様方であるが、敬意をもってここからは「マダム」と呼びたいと思う。年齢はおそらく私と同じぐらいのはずなのだけど、どうみてもマダム、完全なるマダム。絶対に白金か田園調布辺りを日傘をさしながら歩いているはずだし、なんならミニチュア・ダックスフンドを連れているはずだし、もちろん成城石井でイタリアの高いチーズを買っていると考えて間違いない。彼女達に最も似合う形容詞は「有閑」と断言出来る。私とは生きてきた世界が違う人種。私はマダムとファーストコンタクトした。
未知との遭遇は、私にとってもそうであるし彼女達にとってもまた未知との遭遇なのだ。隅っこの青い服を着たマダムなんて「なんでこの飲み会、異物が一人混じっているの?」みたいな顔している。そういう顔されると私傷つきます。なんでここにいるかなんて、私が世界で一番知りたい。
はー、それにしても、嫌な予感がする。もしかして、私とマダム達の間で共通の話題が物理的に存在しえないのでは? マダムが普段どんな会話しているとか知らんし。嫌な汗が出てきた。どうするのよこれ? ジョジョの何部が好きかってテーマで話をふっていいの? ダメだろそれ、ダメですよ! ふぁあああ。
いやいやいやいや、諦めるな私。彼女達と全く接点がないなんて、まだわからないじゃないか。仮にも同じ時代を同じ国で生きてきた同士じゃないか。彼女達と私は同じ文化を共有しているはずなんだ。可能性を信じろ。とりあえず話のとっかかりを探るんだ。
「ところで、皆さんはどういったつながりなんですか?」
「私達4人は、ヨガの教室で知り合った仲ですねー。ヨガ教室の後に、ご飯食べにいったりして仲良くなったんです。」
あ! これじゃない?! なんだ接点があるじゃないか。ここで万国共通のネタをぶっこんで笑いを取りにいけ!
「ヨガですか、なるほど、手が伸びたりする奴ですね」
「……え?」
「いや、あの、火を吹いたりするアレで……」
「……えっと、なんの話ですか? 火は吹きませんよ」
「なんかすみません、ストリートファイターIIってゲームにダルシムというキャラクターがいまして……」
ええええええええええエエええエエエぇええええぇ、どうしてこの人達ダルシム知らんのよ! なに! なに! なにその4人全員して「心の底からコイツ何言っているのかわからない」って顔は。どうやったらストリートファイターIIをスルーして人生が送れるの? じゃあなにやっていたわけ? 餓狼伝説? バーンナックルですか? もう私にはどうしたらいいか分からない。ダルシムを知らない人と何を話せばいいんだ……。開始5分で真っ白に燃え尽きてしまったので、この後にこの飲み会でどういった会話をしたか全く記憶にない。
私はこの歳になるまで世界は一つだと思いこんでいた。「ヨガ? ああ、ダルシムの奴ね」全ての人が、このようにヨガを捉えているものだと。でもそれはとんでもない勘違いなのだ。「ヨガ? ああ、インドのエクササイズですね。私ヨガマット持ってますよ」なんという事だろう、ヨガはダルシムを通してではなく認識する事が可能だったのだ。私の目にはもう世界がはっきりと分かれて見える。ダルシムを知っている人の世界とダルシムを知らない人の世界だ。
私が経験したように、ダルシムに対する認識の相違は深刻なコミュニケーションエラーを引き起こす。このダルシムギャップを回避するためには、日々の積み重ねが大切だ。友人、パートナー、上司、仕事仲間、先輩、後輩、家族、などなど、自分に関わる全ての人のダルシムステータスを把握しておかねばならない。私の場合初対面の人には「ダルシムを知っていますか?」と必ず聞くようになった。 ある意味で名前なんかより重要だからだ。 それにしてもFacebookに「名前」「出身地」「性別」とならんで、どうして「ダルシム」がないのだろう。SNSとして完全な設計ミスと言ってよいだろう。世界はもっとダルシムに注意を払うべきだ。
電子マネーって使わなくないです?
私、電子マネー全然使いません。電車はSuicaを使いますが、それを自販機やコンビニで使おうとは思わない。未だに現金派であります。あ、ネットの支払いは別ですよ。ネットは全部クレジットカードで払っております。ネットの支払いはクレジットカードの一択ですね。利便性マキシマム。クレジットカードを持たない派の人は、どうやって健康で文化的なネット生活を送っているのか私には理解がおよびません。代引きでしょうか? 代引きは、すげー手数料取られますが。コンビニ支払いでしょうか? それ面倒じゃない?
電車でSuicaはいいのです。切符をいちいち買うのより便利だから。ネットでクレジットカードはいいのです。便利だから。でも電子マネーはどうでしょう。いや、まあ、別に電子マネーでもいいっちゃいいのですが、積極的に切り替えていこうというモチベーションがわかないのです。ちょっと状況を整理したい。
日本の現金は最強クラスの利便性
私日本の現金はとても素晴らしいと感じています。まず機能性がいい。通貨の単位が全て、1, 5, 10, 50… と1と5で統一されているのがいい(2千円札? 知らない子ですね)。ドルとかみてくださいよ、25セント硬貨とかありますよ。なんでそんな中途半端な所で区切るかなー。クオーターとか言いたいだけでしょ。かと思ったら紙幣では、25ドル札は存在せず、20ドル札しかない。行き当たりばったりで作ったとしか思えない。
また円は各硬貨、各紙幣の見分けもしやすく配慮されています。硬貨はそもそもの材質を分けているので色で判別しやすいです(アルミニウム、黄銅、青銅、白銅、ニッケル黄銅)。50円と100円だけ同じ白銅を使用していますが、50円は穴が開けられているのでセーフ。紙幣に関しても3種類とも色味が分けてあるので分かりやすい。ただこれに関しては、ユーロ札みたいにオレンジ色、青色、緑色といった風にどぎつい感じに色分けした方がもっといいかも。また描かれている肖像がご年配、女性、天然パーマと違うテイストの方々なのも識別のしやすさにつながっています。ちなみにですが、ベトナムのドン紙幣の肖像は全部ホーチミンさんです。
そして日本における現金は、ほぼ確実に使えるのがいい。円現金を拒否されるお店とかないじゃないですか。アジアの国などでは最高額紙幣を出すと「お前正気か? おつりがあるわけないだろ」みたいな顔されたり、また数円単位のお釣りは、はしょってくれない事が多い。極めつけがその国の通貨で支払おうとしたら、米ドルでくれと言われた事もあります。それに比べて日本はどうですか。1円玉から1万円札まで確実に受け取ってもらえて、おつりも1円単位できっちりかっちり支払われます。なんと素晴らしい。
円はアクセス性も史上最強ですよね。東京とか冗談でなしに100メートルおきにATMがあります。駅構内にもありますし、銀行のATMコーナー、そしてなんといってもコンビニにATMが設置されているのが大きい。都市生活を営む上でコンビニに行かないという事は不可能です。現金が足りなくなったら、必ず行かなければならないコンビニのついでに下ろせばいいのです。スーパー簡単に手に入る。
電子マネーの意義
もちろんね、電子マネーの存在意義もわかるのです。お釣りがなくなるとか、オートチャージならチャージ不要であるとか、お会計が迅速になるといった事はとても良くわかります。わかるのですが……うーん。やっぱり現状では、電子マネーを使えないお店も多いですし、割り勘が困難を極めるといったデメリットも多い。ですから東京においてすら現金を捨てて、電子マネーだけで生きていくのはキツイです。結局財布に現金を入れて持ち歩く事になり「だったら無理に電子マネーを使わなくて、便利な現金でよくない?」と思ってしまうのです。
そんな電子マネーですが、なんだかすごい普及した感を醸し出しているのに、現金に比べればまだまだらしい。現金の発行残高は100兆円を超えているのに対して、電子マネーの残高は2,541億円(2016年9月末)で、まったく勝負になっていないぐらいの規模の差がある。電子マネーはブレイクスルーに達していないのです。
電子マネーはアプローチの仕方を変えるべき
このように電子マネーのより一層の普及には、もう一手何かが足りないように思います。誰もが電子マネーを使いたくなるような一手が。そこで私なりにどうしたらもっと電子マネーが普及出来るか考えてみました。生体認証を導入してカードを持ち歩く必要無しに決済出来るだとか、個人間の送金が簡単に出来るようにする、1万円をチャージしたら2万円分使える(ハイパーインフレが起きそう)など色々考えては見たものの、どうもこれじゃない感が……。
必要とされているのは、そいったテクニカルな部分ではないような気がする。だとしたら、もっとエモーショナルな部分が求められているのではないだろうか。そうだよ、もっとカッコよくてプレミアムな電子マネーを作ればいいんだ。大体、Suica、WAON、nanacoとか名前からしてダサい。アレですか? 親しみやすさのアッピールですか? もっとカッコイイ名前にしなさいよ。例えばそう、電子マネー「レーベンスラウム」とか。最強に豪華な感じにしたい。レーベンスラウムを持っていれば空港のラウンジが使えるようにして、材質はタングステンカーバイトでいきましょう。硬くて重量感が最高。レジで決済すると、レジからワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れるようにする。そうすると周りがザワッとするわけですよ。
「この曲! あの人もしかして、あの超硬合金タングステンカーバイト製のレーベンスラウムで支払ってる? やばくない?」
こんな電子マネーなら私も2秒で発行申請してしまう。やむを得ないです。ただ、みんな我先にとレーベンスラウムを入手してしまうと、当然ながらプレミアム感は失われて行くでしょう。そうしたら、今度はカーボンファイバー製の新電子マネー「ノブレス・オブリージュ」を発行しましょう。決済時にはドヴォルザークの「新世界より」が流れるようにする。こんな事を何度か繰り返せば、知らず知らずのうちに全国民に電子マネーが行き渡るに違いありません。完璧なプランだ。