ファルコンヘビーは著作権的に問題がある

スペースX社のファルコンヘビーという新しいロケットが、2018年2月6日に初めて打ち上げられました。いやー素晴らしかったですね。第一段のエンジンは驚きの27個。エンジン30個のN-1は一度もまともに飛ばなかったので、まともに飛んだロケットの中では一番エンジンの多いロケットのはず。低軌道へのペイロードは63.8トンで現行ロケットでは最大。3本ある第一段は全て着陸させて再利用する予定。それでいてお値段は、日本のH-IIAロケットと同じぐらいの9,000万ドル(100億円前後)です。性能良し、安い、ワクワクする技術ありというバケモノみたいなロケットです。ここまで全部そろっているともうズルいとしか言いようがない。ずっこい! ファルコンヘビー、ずっこい!


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初打ち上げのペイロードは、スペースX社のCEOであるイーロン・マスク氏の愛車テスラ・ロードスターでした。イーロン・マスク氏は、電気自動車のメーカーであるテスラのCEOでもあるからという事らしい。最初テスラ・ロードスターを積むと聞いた時、私は「何を馬鹿な事しているのか」と思ったものです。だってファルコンヘビーの打ち上げ能力が有り余っているからペイロードを火星までぶん投げるらしいのです。せっかく火星まで行くのだから何かしらの観測機器の付いた探査機とかにすればいいのに。それが何? テスラ・ロードスター? 車を宇宙にもっていって何がしたいの? 走らない車とかただの鉄の塊じゃない。宇宙開発はね、遊びじゃないんですよ! 「ロケット打ち上げのついでにテスラの宣伝でもしたれ」というスケベ心が丸見えです。


f:id:notwen:20180217192801j:plain (Live Views of Starman of Spacex Channel)

そんな義憤をムンムンさせていたのですが、宇宙空間に浮かぶテスラ・ロードスター、その背景の青い地球を見た瞬間に全部ぶっ飛んだ。気づくと私は天を仰いぎながらガッツポーズをしていました。今になって思うとペイロードはテスラ・ロードスター以外は考えられない。あの衝撃的な映像は、私の深い芯の部分をガンガンに揺さぶりました。人類はもっと遠くに行くことが出来るに違いない。テスラ・ロードスターは明日への希望を象徴したモニュメントだったんだ。


一言物申す

さて、ファルコンヘビーが成し得た事に関しては賞賛は惜しまないのですが、言っておきたい事もあります。ファルコンヘビーがいかに素晴らしいロケットだとしても、それとこれとは別の話といいましょうか。だれかが勇気を出して指摘しとかないといけないと思うのです。ファルコンヘビーってデルタIVヘビーに似てなーい?


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なんといいますか色々パクってませんか? 「同じロケット3本連結したらパワー3倍じゃね?」というコンセプト、および見た目が丸かぶりです。極めつけとして名前まで似てる。お尻にヘビーって付いてるじゃん! 同じじゃん! これは知的財産的なアレですよ。著作権的なサムシングですよ。でもまあパクってしまう気持ちは良くわかります。だってデルタIVヘビーは最高にイカしたロケットですから。もし私が「あなたの一番好きなロケットはなんですか」と聞かれた場合、力いっぱいこう答えます。


「ハイッ! デルタIVヘビーちゃんが好きです!」


ロケットを比較する

さてキャラクターが完全に丸かぶりであるファルコンヘビーとデルタIVヘビーを比較する事でデルタIVヘビーの魅力を皆様にお伝えしたい。まずは両ロケットの性能を比較します。

ファルコンヘビー デルタIVヘビー
低軌道へのペイロード 63.8トン 28.8トン
価格 9,000万ドル 3億7,500万ドル
1段目のエンジン数 27個 3個
1段目の再利用 有り 無し
打ち上げ回数 1回 9回


という感じでですね、デルタIVヘビーはファルコンヘビーと較べて、ペイロードは半分ぐらいしかないのに、価格が4倍という地獄のような状況です。唯一勝っているのは、打ち上げ回数が多いという信頼感のみ。それだって2004年が初打ち上げなのに9回しか打ち上げてません。多分、価格が高すぎてあまりたくさん打ち上げられないんだと思う。


ただ私がお伝えしたいのは、デルタIVヘビーが性能的に全負けしている厳しい現実ではなく、ロケットの魅力は性能なんかでは測れないという事なのです。ファルコンヘビーには真似できない唯一無二の魅力を持っています。それはデルタIVヘビーは焦げるという点。とてもよく焦げるのです。


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スリー、ツー、ワン、リフト、オフ! となった瞬間、エンジンから出た爆炎で機体全体が包まれます。「え? なにこれ大丈夫なの? 失敗?」とか思って見ていると、その炎の中から焦げているデルタIVヘビーがズモモッとゆっくり離床していくのです。まるで復活する火の鳥のように。私はこれ以上に美しいロケット打ち上げを知りません。


History of Koge

そう、デルタIVヘビーは焦げる系ロケットなのです。オンリーワンな焦げるロケットです。これからデルタIVヘビーがいかに焦げて来たのかを振り返りたい。焦げ道は辛く厳しい道で、決して平坦ではありませんでした。


2004年2月21日

  • ペイロード: DemoSat, Sparkie / 3CS-1 and Ralphie / 3CS-2
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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(Wikimedia commons)

記念すべき第一回目の打ち上げです。初回からデルタIVヘビーは、焦げる系ロケットとしてのアイデンティティをすでに確立していた事がよくわかります。この黒い部分は全部焦げですよ。すごい焦げ方だ。ただキレイに焦げすぎとも言えます。これじゃあ「元々黒かったのかな?」と勘違いされてしまいます。もう少し焦げ残しなどあるともっと良かったと思う。

焦げの美学スコア: 8点


2007年11月11日

  • ペイロード: DSP-23 Defense Support Program
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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(Wikimedia commons)

この時は、いまいちな焦げ方でした。いかなデルタIVヘビーでもコンスタントに焦げ続けるのが、どんなに難しいかを気付かされます。ただ打ち上げ自体は夜の打ち上げで幻想的でよかったです。

焦げの美学スコア: 2点


2009年1月18日

  • ペイロード: Orion 6 / Mentor 4 (USA-202 / NROL-26)
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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(LIVE: Delta IV Heavy: NRO L-26 - Jan 17, 09)

こちらも夜の打ち上げ。あまり焦げず。ちゃんと本気を出して欲しい。焦げとは違いますがデルタIVヘビーのRS-68エンジンの出す炎は本当に美しい。

焦げの美学スコア: 2点


2010年11月21日

  • ペイロード: Orion 7 / Mentor 5 (USA-223 / NROL-32)
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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(Secret U.S. Spy Satellite Launches Into Orbit on Huge Rocket )

こうして時系列で振り替えってみると、デルタIVヘビーって常に焦げているわけじゃないんですね。明らかに低迷している時期がある。ここが我慢のしどころだ。

焦げの美学スコア: 2点


2011年1月20日

  • ペイロード: KH-11 Kennen 15 (USA-224 / NROL-49)
  • 射場: Vandenberg SLC-6

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(Wikimedia commons)

この回の打ち上げは、デルタIVヘビー好きの中でも伝説的な打ち上げとして知られています。バンデンバーグからの初の打ち上げです。ここ数回の嫌な流れを吹き飛ばす素晴らしい焦げ方でした。焦げというかもう消し炭みたいになってた。それに加えかなり上の方に火がついて燃えていたりして、実に芸術点が高い。史上最高の打ち上げです。ぜひこの打ち上げだけは動画の方も見て欲しい。

焦げの美学スコア: 10点


2012年6月29日

  • ペイロード:Orion 8 / Mentor 6 (USA-237 / NROL-15)
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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(Newheavy ALAN High climbout bright engines)

この画像だとほんのり焦げているだけに見えますが、実際の打ち上げではエンジンの周辺から出火しており、そこが燃えますかという興味深い打ち上げでした。

焦げの美学スコア: 5点


2013年8月28日

  • ペイロード:KH-11 Kennen 16 (USA-245 / NROL-65)
  • 射場: Vandenberg SLC-6

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(AmericaSpace)

この打ち上げより、点火手順を変更し焦げるのを減らすという最悪の改悪がなされました。何してんのよ、焦げるのがいいのに! あの美しいデルタIVヘビーはもう見られないのかと一人涙したのですが、その心配は完全に杞憂。改悪何するものぞ、これぞデルタIVヘビーという素晴らしい焦げ方を見せてくれました! 色味が大変美しい。エンジンからの出火もみられたのもポイント高い。こちらも伝説の回と同じバンデンバーグからの打ち上げです。バンデンバーグは焦げやすいのかもしれません。

焦げの美学スコア: 9点


2014年12月5日

  • ペイロード:Orion capsule Exploration Flight Test 1 (EFT-1)
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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(AmericaSpace)

これがあの栄光のデルタIVヘビーなのかってぐらい焦げませんでした。完全にクリーンな打ち上げ。なんて事だ……点火手順変更が今回からうまく機能するようになったとかじゃないといいのですが。

焦げの美学スコア: 1点


2016年6月11日

  • ペイロード:Orion 9 / Mentor 7 (USA-268 / NROL-37)
  • 射場: Cape Canaveral SLC-37B

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("The Beast" - Delta IV Heavy - NROL-37 - 06-11-2016)

いやーよかったです。前回があまりに焦げなかったので、どうしようかと思ったのですがちゃんと焦げてくれました。デルタIVヘビーはこうでないと調子が狂ってしまいますよ。

焦げの美学スコア: 7点


焦げの継承者

皆様にもいかにデルタIVヘビーが焦げて来て、いかにデルタIVヘビーが特別な存在であるかをわかって頂けたと信じます。私は焦げるロケットのデルタIVヘビーが大好きなんです。


ここで私の嘘偽りのない正直な思いを告白させてください。私は恐れているのです。ファルコンヘビーが著作権侵害だなんだと突っかかりましたが、それはその恐れから出た行動でした。はっきり言って性能的にデルタIVヘビーはファルコンヘビーに絶対にかないません。今までデルタIVヘビーでないと打ち上げられなかった重いペイロードも、ファルコンヘビーで打ち上げるようになってゆくでしょう。ごく自然な流れで、あまりにも高価なデルタIVヘビーの打ち上げが減っていき、最終的には退役する事になるでしょう。なんという事だ……。ファルコンヘビーの登場が、史上もっとも美しく焦げるロケットの寿命を縮めてしまう結果となるのです。おお、神よ。


しかし私は、その非情な現実に一筋の光明を見出しました。ファルコンヘビーの打ち上げと、第一段の着陸動画を見返していて気づいたのです。


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(Falcon Heavy Test Flight)

ファルコンヘビーもちゃんと焦げてる! エンジンのあたりから若干出火したりもしている! どうやら、着陸のために逆噴射した時に焦げるらしい。なんという事だろう、ファルコンヘビーも焦げる系ロケットだったのです。デルタIVヘビーは役割を終え消え去るかもしれない。しかし、デルタIVヘビーの残した焦げの精神と焦げの美学は、次代のロケットに引き継がれてゆくのです。ファルコンヘビーよ、君は焦げロケットの継承者だ。