BLUE GIANTの主人公は何も変わらない

マンガの「 BLUE GIANT」を読んで、興味深い作品だったので思った事を書かせてください。ちょうど第一部完って感じの10巻も刊行されていますし、語るには良いタイミングに思います。以下、隠すべき所は隠しつつも、多少ですがマンガの内容にも触れます。ネタバレを気にされる未読の方をご注意を。

f:id:notwen:20170528140914p:plain (著者:石塚真一、BLUE GIANT、第1巻 P177,178より)

物語は「変化」を描く

映画、マンガ、小説などあらゆるメディアにおける「ストーリー」って「変化」を描くものだと私は思っています。Aという地点からBという地点へまでの変化の過程を文字、絵、動画で描写するのです。「 やな奴、やな奴、やな奴! 」→ 「雫。大好きだ!」 、「南を甲子園に連れてって」 → 「上杉達也は浅倉南を愛しています。世界中の誰よりも。」さてBLUE GIANTの話です。BLUE GIANTとはどんな作品なのか。以下にAmazonの商品説明より引用します。

ジャズに心打たれた高校3年生の宮本 大は、
川原でサックスを独り吹き続けている。
雨の日も猛暑の日も毎日毎晩、何年も。
「世界一のジャズプレーヤーになる…!!」
努力、才能、信念、環境、運…何が必要なのか。
無謀とも言える目標に、真摯に正面から向かい合う物語は
仙台、広瀬川から始まる。
Amazon「BLUE GIANT」商品ページより)

これを読んだら「主人公の宮本 大(ミヤモト ダイ)が挫折したり、良き師に出会ったり、恋をしたりしながらサックスの才能を開花させていく青春群像劇だな!」って思うじゃないですか。こんな事書いてあったら普通そう思います。私もそう思った。でも何もかもが違った。これは私の知っているどのマンガとも違った。なんじゃこりゃ。

最初からダイヤモンド

既刊全巻を読んだ状態で今思うのは、主人公の大は1巻の1コマ目からすでにダイヤモンドだったということ。原石から徐々にダイヤモンドになっていくのではなく、最初からダイヤモンドだった。大はすでに愛情も情熱も希望も才能も全てを持っていたと思っています。唯一「まだ、世界一のJAZZプレイヤーになっていない」という点だけが欠けていたのです。つまり「確実に世界一になれるのだけれど、まだ周りの人が大が世界一であることに気づいていないよね」というのが、このマンガのスタートラインです。

この世界一のJAZZプレーヤーになれるというのは、私が勝手に思っているというわけではなく確定した事実です。というのもですね、この作品ちょいちょいインタビューシーンが挿入されます。このインタビューというのが、20年後? とかの歳を取った作中の人物が世界一のJAZZプレーヤーになった大について語るというものなのです。「若い頃のあいつは~」とか「あいつの演奏は初めて聴いたのは~」とかを語るわけ。これは、かなり大胆な演出ですよね。だって自分からネタバレしているのですもの。南を甲子園に連れていって優勝する事を速攻でバラしてしまっているわけすよ。いいの? それ。

挫折も良き師も恋も関係ない

最初に挙げたキーワード「挫折」「良き師」「恋」ですが。実はこれら全て BLUE GIANTにも盛り込まれています。でもこれらが大に影響は及ぼしたかというとそうでもない。挫折っぽいシーンはありますが、数ページ後には自己解決しています。 良き師にも出会いサックスの技術を教わります。しかし、師匠が教えたのは純粋に技術的な部分にとどまり、大のもとから持っている圧倒的な才能へは影響を与えていません。もし師匠に会えなかったとしても大は別の方法で技術を習得し、世界一のJAZZプレーヤーになったはずです。恋愛も描かれます。でも恋は恋、音楽は音楽というサバサバした感じ。恋に悩んでサックスが手に付かないというような事は皆無。恋はほんのアクセント程度、刺身のツマぐらいの扱いです。

何が「変化」するのか

大の確定した未来といい、他のキャラクターの大への影響の少なさといい、BLUE GIANTは、異常なほど主人公の「変化」が少ない作品です。大は結局のところ、最初から最後までずっと宮本 大だった。「変化」を拒否しているキャラクターと言ってもいい。では、BLUE GIANTが「変化」の描写が乏しい作品なのかというと、そうではありません。「変化」の描写は大量に出てきます、ただしそれは主人公の変化ではなく、主人公から影響を受けた他の登場人物の「変化」です。大は会った人ほぼすべてと言っていいレベルで影響を与えています。大は前だけみて走り去ってしまうので、各々接している時間自体は少ないのですが、確実に影響受け取ります。その影響を前述のインタビューで確認するわけです。主人公ではなく周りの変化を描いた作品というわけで、BLUE GIANTは異色の物語構造を持つ作品といって良いでしょう。

集え元バンドマン

ネット上の他の方が書いたレビューを読むと激賞の嵐なのですが、私個人としてはそこまでドハマリしませんでした。私はドハマリすると一生そのマンガを読み返し続けるという習性を持っているのですが、BLUE GIANTはそこまで行かなかった。「変化」が描かれる周りの人々が、どんどん入れ替わって紙上から居なくなってしまい、どうも消化不良な感じになった。加えて主人公の大は完璧超人過ぎて感情移入がいまいちできなかったというのもある。とはいっても、面白い作品である事は間違いないので一見の価値はあります。特に昔バンドマンをしていたような人は、昔の情熱を思い出せるという意味でフィットしそうに思います。