ハースストーン、シャドウバースにおける日米の価値観・美意識の差異に関する考察

最近、ハースストーンというオンラインカードゲームを良くやっています。ほぼ、同じコンセプトのゲームでシャドウバースというゲームが存在します。ハースストーンはアメリカの会社が作ったゲームで、シャドウバースは日本の会社の作ったゲームです。この両者、ゲームのシステムがほぼ同じというレベルで似ています。ハースストーンの方が2年早くリリースされているのでシャドウバースの方が、ハースストーンを参考にしたのは間違いないでしょう。私はハースストーン派の人間なので「シャドウバースさんは、もうちょっと別な感じのシステムにする努力をしてくださいよ」とか思わないではないのです。ですが、まあまあまあまあ、ゲームはパクリパクられ発展してきた側面もありますし、パクリはゲーム業界の文化という事で別にいいんじゃないでしょうか。

それよりも注目したいのは、日米での価値観・美意識の違いです。この両者はシステムも似ていますが、背景の世界観も似ている。どちらもドラゴンが出て来るような剣と魔法の世界です。ですから、日米のデザイナーが同じ枠組みの中でよーいドンッで、カードをデザインしたらどんな違いが出て来るのかを比べられるのです。これが何もかもが違うレベルだった。

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調査してみました

もう見るからに違うので、不要かなとすら思ったのですが、まあ曲がりなりにも客観的な数字があった方が読み手の皆様により伝わるというものでしょう。いくつかの項目でハースストーンとシャドウバースのカードを分類してみました。対象はキャラクターのカードです。ハースストーンでは「ミニオン」シャドウバースでは「フォロワー」と呼ばれているカードです。場に出して戦ってもらうために戦士やモンスターなんかが描かれています。他にもスペル、武器(ハースストーン)、アミュレット(シャドウバース)というようなカードの種類もあるのですが今回は対象外とさせて頂きました。調査対象は、7/10現在で実装済みの全キャラクターカード、ハースストーン 812枚、シャドウバース 595枚です。

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調査1: 人なのか否か

カードには、様々な絵柄がかかれています。人間、獣、ドラゴン、モンスター、神様に至るまで。まず手始めに、カードに人間が描かれているのか、それ以外なのかで分類しました。ちなみにこれ以降の調査全てに言える事ですが、結構雑にカウントしております。だって微妙なケースが多かったのだもの。「これ人間と言えば人間だけど? うーん。」みたいなケースが大量にありました。一応の方針として、オーガなどこれは人間というよりモンスターよりだろって奴は「人外」に、エルフなど耳は尖っているけどほぼ人間ですよねって奴は「人間」にカテゴライズしてあります。本当に微妙なケースに関しては私の独断とフィーリングで決めましたのでご了承ください。

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さて、結果ですがハースストーンとシャドウバースでほぼ真逆の結果となりました。ハースストーンは、人間:30% 人外:70%なのに対して、シャドウバースは、 人間:70.9% 人外:29.1%です。つまり、ハースストーンは主としてクリーチャー同士がドッタンバッタン戦って、シャドウバースは、人間同士がキャッキャウフフするという戦場になるわけです。まーなんとなくわかります。アメコミって主人公がモンスター的だったりよくしますからね、ハルクとかX-メンとか。一方で日本のマンガで世界を救うのは、たいてい人間、しかも少年少女と相場が決まっています。

調査2: 男女比率

次は人間のカードに関しての男女比率を調査いたしました。こちらに関しましては、調査に辺り予断を持ってあたった事を告白させてください。こういった調査は、結果がどうなるかに関して事前に予想をもっているような事は避けるべきなのです。調査に余計なバイアスがかかってしまい、正確な数値が出なくなる恐れがあるからです。

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でもこれは仕方がないのです、だってシャドウバースが「どこのシャドウバース女子高等学校だよ」って感じなのですもの。思った通りシャドウバースは女子だらけでした。ただ、女子率は67%で意外と男いたんだという印象。絶対、女子率90%ぐらいだと決めつけていたんですけどねー。ハースストーンは、女子率40%で結構バランスが良かった。こっちは逆にもっとおっさんだらけのイメージだったのに。

調査3: お嬢ちゃんいくつだい?

さっき予断がなんとかとか書きましたがこっちもですね。明らかにハースストーンは、おっさんだらけで、シャドウバースはティーンエイジャーだらけなのですもの。私の肌感を確認するために、男に関しては「おっさんかどうか?」女子に関しては「ティーンエイジャー」かどうかという軸で調査を実施しました。

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こちらのデータは、おっさん率でございます。ハースストーンは、おっさん率80%で驚きの茶色さ。シャドウバースは若者ばかりですね。この数字を見ると、さすがアメリカ、使用する前提の軍隊を持っている国は違うなーという感がします。ナチスのヒトラーユーゲントにせよ、日本の学徒出陣にせよ、若者が戦場に立たなければならない時点で色々な意味で戦争はもう終わっているのです。未来ある若者が戦場で散っていいはずはない。それでは次代の担い手がいなくなってしまうではないですか。「戦線は我々が支える。戦場こそ男の死に場所よ。乳臭いガキはすっこんでな!」

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ティーンエイジャー比率に関しましては、シャドウバースは予想通り若い女子ばかりでした。「これ幼女では?」みたいのまで結構いましたよ。さすが日本やってくれる。一方でアメリカですよ。まさかの3枚、全812枚中ティーンらしき女子はたったの3枚だけでした。しかも「薄目で1メートルぐらい離して眺めれば、ティーンに見えない事も無い」というカードが3枚ですよ。戦場に女子供は連れて行かないという姿勢が徹底している。

調査4: 目を光らせていけ

これだけはどうしてもカウントしてみたかったのです。ハースストーンの女性陣は、なぜか目が光っている事で有名なのです。「このカードの女性、目が光ってなければキレイなのに」なんて声はよく聞きます。

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ほらほらほら、光っている率40%ってちょっと異常じゃないですか? 普通街を歩いていても、目が光っている淑女はあまり見かけないじゃないですか。もしかしたら何かの呪いなのかもしれません。それとも、アメリカでは美の条件として目が光っている事が必須だったりするのでしょうか?

たた、人間って恐ろしいものでハースストーンの調査を終えた辺りでは、目が光っているのに慣れてしまい「そら光るでしょ」ぐらいに毒されていました。だからシャドウバースで目を皿のようにして調べて も、一枚も目が光っているカードを見つからないのが信じられなかった。なんで光らないん?

調査結果まとめ

ハースストーンは、最初に人外のクリーチャーで押しつぶし、続いて突入したおっさんが戦線を支え、女性は内助の功として光る目で足元を照らすという結果となりました。アメリカの戦術思想が透けて見えて興味深い。アメリカという国は、人的な被害を嫌う国です。決まって戦端を開く際に巡航ミサイルでこんがり焼いてから人間を投入します。戦いの流れが似ている気がする。ただ、光る目が現実世界の何と対応しているかは不明ですが……。

シャドウバースは、うら若き乙女を大量投入する事で、一種の女子高状態に持っていき「戦いってなんだったっけ?」とうやむやにする戦術と思われます。さすが世界でも稀な平和憲法を持っている国です、考えている事が違う。「萌えは世界を救う」なんてパワーワードがあります。私も世界中の人々が声優の演技や、作画崩壊について語り合っていれば世界平和が達成出来るんじゃないかと思う事はあります。世界中がそうだったらどんなにいいだろう。

というわけで、現実主義のアメリカ人、ロマンティストの日本人という事がわかりました。日本の理想は尊くて美しいと思いますが、ただ夢や理想だけでは食ってはいけないのです。その点で、現実を見つめておっさんを大量投入しているハースストーンが私は好きかな。シャドウバースはもっとおっさんを大量投入するべきです。次の拡張パックはおっさん限定パックを提案します。

番外編: ツインテール

ついでです。調査中に日米のツインテールの違いがものすごく気になったので。アメリカはツインテールってものを何か勘違いしているのかな? どうしてガチムチにしてしまったのだろう。

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LoL はエアプでにわかの私が支える

最近、League of Legends(以下、LoL)の大会配信をよく観戦するようになりました。この LoL というゲームを軽く説明したいのですがこれが難しい。「こんなジャンルのゲームです」って事すら難しい。LoL は、マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ(Multiplayer online battle arena)略称でMOBAと呼ばれるジャンルのゲームです。ゲーマー以外は MOBA と言っても通じないと思う。

では、同じジャンルで有名なゲームを挙げて説明するのはどうでしょうか。「KOFとはストリートファイターIIのようなゲームです」みたいな。でもこれも無理。日本で誰もが知っているような MOBA の有名ゲームが存在しないから。というか日本で一番有名な MOBA が LoL なので「LoL とは、あの有名な LoL のようなゲームです」と自分で自分を説明するはめになる。

League of Legendsとは

仕方がないので、私がどんな事をするゲームなのか説明させてください。まずプレーヤーは、一人のチャンピオンと呼ばれる2cmぐらいのちっこいキャラクターを操作します。チャンピオン毎に攻撃力が高いけど脆いとか、相手をスタンさせる能力があるとか、移動速度が速いというようなさまざまな特徴が設定されています。ゲームはチーム戦で、5対5で行います。つまりネットごしに10人の人間がゲームに参加します。ゲームフィールドの端にはネクサスという名前のクリスタルが 自陣側と敵陣側にそれぞれ1個ずつ配置されています。これは将棋の王将みたいなもので、自陣のネクサスを破壊されると負け。というわけで5人で協力して敵陣のネクサスを叩き割るために頑張ります。大体一試合には30分~50分ぐらいかかります。


f:id:notwen:20170702204013p:plain LCK Summer: BBQ vs. EEW | SKT vs. MVPより)

世界中に大人気のプロスポーツ

LoLには、LJLという名前で日本にプロリーグが存在します。シーズン中は毎週末に試合をやるので、それを楽しく観戦しております。後、韓国のリーグであるLCKもちょいちょい観ます。LoL はとにかく韓国勢が最強なので、LCKが世界最高峰のリーグです。野球でいうMLBみたいなもの。他にも北米、ヨーロッパ、中国、台湾、トルコ、ベトナム、ブラジル、メキシコ、オーストラリア、ロシアでプロリーグが存在します。世界大会もたくさん開かれています。大体、Twitchとかで配信してくれているので無料でOK。とにかく LoL は世界中で大人気なので観戦する試合には事欠かないです。

にわかである事を誇りとせよ

LoLの試合はよくみるのですが、実は私 LoL をプレイした経験がまったくありません。1秒もプレイした事がない。基本無料なのでやろうと思えばやれるのですがやってない。私オンラインゲームのチーム戦とかしても、チームそっちのけで自分のプレイに集中するタイプのダメな子なんです。チームで協調しないとどうにもならない LoL はどうにも向いてない気がしてどうも。後、1試合のプレイ時間が30分~50分と長いのも二の足を踏む要因です。

というわけで私はとんだにわか勢だし、 エアープレイ勢なわけです。にわかがLoLの試合を観戦している……なんと素晴らしい! 私のやっている行為は、LoL という e-Sports に対して大変プラスになっていると言えます。だって他のプロスポーツを見てご覧なさい。野球、サッカー、アメリカンフットボール、F-1、それらを観戦している人々がそのスポーツを自分でがっつりやっていると思います? やっているはずがない。私とかアメフト大好きですが、まったくやったことないし。野球なんて三角ベースしかやったことない。つまり、あらゆるプロスポーツは、無数のにわかが支えているのです。大量のにわかがテレビで観戦したり、試合のチケットを買ってくれるから選手の給料が出るのです。にわかが大量発生してこそ一人前のプロスポーツと言って良いでしょう。全国の LoL にわか勢の皆様におかれましては、自分がプロスポーツとしての LoL の発展に貢献している事を誇りとして頂きたい。

オフサイドトラップを私は出来ません

ただ、その LoL ですがスポーツとしての歴史が浅いこともあってか、にわかの絶対数が少ないのです。Twitchなどで「ブロンズは黙れ」というようなコメントを良く見かけます。ブロンズとは、LoL 内のランクの事です。上手くなる程、ブロンズ→シルバー→ゴールド … とランクが上がっていく仕組みになっています。ブロンズは一番下のランクで、全プレーヤーの30%程がブロンズランクです。つまり先程のコメントは「下位30%の下手くそは発言しないで頂けますか?」という意味です。

こういった空気は良くないですねー。ブロンズですらない私とかどうしたらいいのかって話になります。黙るだけでは足りないでしょうから、服でも脱いでお詫びする他ない。そもそも、こういった発言が出るという時点でにわかが少ない事の証左と言えるでしょう。だってサッカーとかで「オフサイドトラップ出来ない奴は黙れ」とは言われないじゃないですか。だってみんなオフサイドトラップ出来ないから。LoL も観戦している人がブロンズ以下の下手くそだらけの状況に持っていく必要があると思います。

目指せブロンズ以下だらけ

今のところ「ブロンズは黙れ」状態なので、LJLとかの実況・解説でもプレイしている人が観ている前提になっています。この前なんか「Ceros選手のキューの精度が素晴らしいですね!」みたいな事を言っていたのですが、私とか ???? って感じですよ。「なんかボール的なものが出てたから、球の精度? いや他のチャンプでもキューって言ってたような?」分からなかったので調べたところ、どうも「キュー」とは、LoLでキーボードの「Qキー」を押した時に出る技の事を指しているらしい。知るか! Qキー押したら何が出るかなんて知りませーん。やった事無いって言ってるでしょ。技にはちゃんと名前が付いているようなので「Ceros選手のダークスフィアの精度が素晴らしいですね!」にして頂きたい。

LoL はよく分かっていない人が観ても楽しいです。なんかワチャワチャしているのをみているだけで楽しい。LoLは、大きく成長して他の数多のプロスポーツと同じくにわかだらけになる可能性を感じます。だから運営側でもにわかが観ている前提の実況・解説をしてもらえると嬉しいなと思いました。

電子書籍は変わらないといけないと思うのです

私、現状における電子書籍の環境には、ぼちぼち満足しています。未だに紙の本より、電子書籍版の発売が遅いというアホな事はしてくれたりはします。でもまあ電子書籍版を出してはくれるのでギリギリ許せます。最近発売される本で電子書籍版が用意されない事は、ほぼ無くなったように思います。「電子書籍版が無い?!ファックッ!」とシャウトしながら壁を殴る機会もめっきり少なくなりました。

読書体験

電子書籍が出る事には満足しています。しかし、電子書籍における読書体験に関してはどうでしょう? 私はもっと出来ることがあるんじゃないかと感じています。だって絵や文字を表示する媒体が紙からディスプレイにゴリッと変更されたんですよ? それって何もかもが違うレベルじゃないですか。だったら読書体験だってグワッと別物になってしかるべきなのです。今の電子書籍って言ってしまえば、紙の本をそのまま電子化しただけですよ。本文の検索が出来るとか微妙に電子化の恩恵はありますが、根本的な所ではなにも変わっていません。私には紙だっと頃の呪縛にとらわれているようにみえる。

例えば 、マンガを買う時って1巻、2巻と巻単位で購入するじゃないですか。これってなんでこんな事しているんだろうかと思いませんか? 私は1話、2話と話ごとにバラ売りしてくれればいいのにといつも思います。だって「巻」って200ページ前後の単行本として売るための単位じゃないですか。「巻」は紙の本として売るために都合がよかっただけなのに、なんで電子化された書籍でも同じ「巻」をつかいますか。もういい加減に紙の時代の事は忘れるんだ。

バージョンを変えていけ

あーしたらいいんじゃ、こーしたらいいんじゃという思いは色々あるのですが、今日はコンテンツのバージョンアップについての提案を書こうと思います。一度配信した小説やらマンガやらを後からどんどん変更すればいいのにというお話。

これ紙の本の場合ほぼ無理ゲーなんです。例えば誤字が見つかったとして、売ってしまった本を全部回収して、修正液で修正してまわるとか無理。お金かかって無理。売った人の連絡先とかわからないし無理。だから重版がかかる時に一緒に誤字も修正して、それ以後は誤字が直った本を売るという仕組みをとっていたのだと思います。もう売っちゃった人は知らんというスタンス。でも電子書籍は違うでしょう。修正したコンテンを再配布するなんて簡単なはずです。実際、Kindleでも予約していた本が自動で端末に配布されたりします。あんな感じで旧バージョンの本を新しいバージョンの本と差し替えればいい。というわけで、私は本のバージョニングを提案致します。

セマンティック バージョニング

前述のように第1版、 第2版と版を重ねる毎に内容を修正していたわけで、版が紙の本におけるバージョンの役割を担っていました。ただ私が求めるのは、もっと動的で、もっと攻撃的なバージョニングです。古の時代から使っているような「版」とかいうカビの生えた単位ではとてもとても対応出来ません。これじゃない。「版」じゃなくてもっといい奴があるじゃないですか、ソフトウェアのバージョニング、あれをそのまま拝借しましょう。「1.6.35」こんな感じのアレです。実はこのソフトウェアのバージョンの表記方法って国際規格みたいなものは存在しません。ですが、なんとなく暗黙のルールがあったり、セマンティック バージョニングという名前でルールを提唱している人が居たりします。 セマンティック バージョニングはとても良く考えられていてステキなので、この子を使いましょう。 セマンティック バージョニングをスーパーざっくりまとめると以下のようになります。

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メジャーバージョン: 互換性を失うような大きな修正
マイナーバージョン: 互換性を維持した機能追加
パッチバージョン: 互換性を維持したバグ修正

これを本に当てはめると

メジャーバージョン: 物語の筋を大きく変更する
マイナーバージョン: 物語の筋に影響のない加筆修正、章の追加など
パッチバージョン: 物語の筋に影響のない誤字などの修正

こんな感じでしょうか。具体例があった方がイメージしやすいかなと思いますので、ある架空の本のバージョン履歴を作ってみました。

もみあげとヒゲのあいだ( 著者:Newton ) 更新履歴
1.0.1:いくつか誤字を修正しました。
1.1.0:エピローグを追加しました。戦いを終えた彼らのその後は? お楽しみください。
2.0.0:マーティンを前半の早い段階で殺したのが不評だったため、死なないように物語を修正しました。
3.0.0:「マーティンがなぜ生きているんだ? 殺せ!」といった内容の苛烈なご批判を多数頂きました。編集部に脅迫電話もかかって来たとのことです。進むも地獄、退くも地獄な状況となりましたため、マーティンを最初から登場しないように変更しました。

ぱくっていけ

バージョンさえ導入してしまえばしめたものです。次は、すでにバージョンが当たり前のゲームやソフトウェア界隈のやり方を参考に新しい展開を模索すればいいのです。例えば、大規模なソフトウェアを開発する際は、ソースコードを公開して複数人で開発するのが当たり前です。というわけでオープンソース小説とかどうでしょうか。「ここの主人公の心情を考えるともっと何も出来ないぐらいに落ち込んだ方がいいと思う」「いやいや、主人公そんなに弱くないから。主人公をもっと信頼してあげて!」こんな感じでコミュニティで議論しながら、お話をみんなで作るわけ。楽しそう。

ゲームにはMODという文化があります。ゲームをユーザーが改造する奴です。例えば海外のRPGのキャラクターってバタ臭いのだらけなので、MODで美人&イケメンだらけに改造したりとかが出来ます。というわけで小説MOD。芥川龍之介の羅生門だったら、物語を改変して老婆を抱きしめて改心させるMODとか出るに違いありません。

Steamなどのゲーム配信プラットフォームでは、完成前のゲームを先に販売してしまいその集めた資金で作品を完成させるというアーリーアクセスという仕組みがあります。これ別にゲームじゃなくてもよくなーい?。アーリーアクセス小説もいけるいける。ちなみにゲームの方のアーリーアクセスは、資金を集めたものの何年待っても完成しない困ったちゃんが大量に存在します。小説でもアーリーアクセスを導入したら同じことが確実に発生するでしょうね。ままままままままま、世の中そんなものですよ。気長に待ちましょう。

宇宙開発の夜明けぜよ

私はずっと宇宙開発における暗黒時代に自分が生を受けた事を恨めしく思っていました。スペースシャトルが飛んでいる時代ではありました。スペースシャトルは、合理性こそ欠いていましたが夢の詰まった良い宇宙船でした。しかしながら、スペースシャトルの初打ち上げは1981年です。気づいた時には、もうそこにあったという印象で立ち会ったという感じはしていません。むしろ2011年のスペースシャトル(アトランティス)のラストフライトで見送ったという印象の方が強い。

国際宇宙ステーション(ISS)の建造と完成には立ち会う事が出来ました。ですが宇宙ステーション自体は新しいものではありません。それまでにもサリュート、ミール、スカイラブと本格的な宇宙ステーションは存在していましたから。作れる事がわかっている宇宙ステーションというものを、国際協力という新しい手法で作ったにすぎません。作り方が新しかった。

黄金時代は60年前

やはり宇宙開発のもっとも輝かりし時代は、1950年代から1960年代にかけての米ソの宇宙開発競争の時代でしょう。スプートニクから始まってアポロで終わるあの時代こそ至高。なんてったって、やることなすこと全てが初めて でしたから。史上初の人口衛星、初の有人飛行、ランデブー、宇宙遊泳、有人月探査、ぜーんぶ初めて。最高やないの。なんで私は現代に生まれてしまったんだ。アポロ計画の最後の着陸船が月を飛び立ってから45年、それ以来人類は月のレゴリスを踏んでいません。もちろん火星にも行ったことがありません。木星とか無理。ピテカントロプスにはなれない。

海外の掲示板サイトであるRedditに投稿された一文を引用します。

Born too late to explore the earth, born too early to explore space.

地球を冒険するには遅すぎ、宇宙を冒険するには早すぎる時代に生まれた。
Redditのスレッドより)

あれ? もしかして来てます?

そんな風に世をはかなんで日々過ごしていたわけなのですが、最近もしかして流れ変わりました? ビッグウェーブ来てません?

例えばこの前のファイルコン9の着陸中継とか感動して、漏らしそうになりました。地上への第一段の着陸回収をしたやつです。もっとも、ファルコン9の第一段はもう何度も着陸に成功していますし、スペースXからしたら慣れたものなんでしょうが、私は漏らしそうになった。むしろ少し漏らしたかもしれない。 というのもですね、第一段の着陸で最初から最後までバッチリカメラにおさまった事がなかったから。大体いつも、着陸の瞬間に映像が乱れ、映像が復活したらもう着陸が終わっていて「ハイ、着陸済みのロケットはこちらになります」てなもんですよ。今回はオンボードカメラも地上からのカメラも完璧だった。特に地上からのカメラがすごくて逆噴射がはっきりくっきり見えました。すごい、こんな事になっていたのか。


エレクトロン

この前、Rocket Lab社のエレクトロンというロケットの初打ち上げがありました。ほぼ正常に動いたそうだったのですが、残念ながら軌道投入には失敗しました。このロケットは太陽同期軌道へ110kgのペイロードを投入可能というかなり小型のロケットです。日本のイプシロンロケットよりさらに小さい。

エレクトロンは、かなりチャレンジングな技術を大量に取り込んでいてスーパー楽しいロケットに仕上がっています。軽さを求めて炭素繊維複合材をタンクとかに使っていたり、そしてなんと3Dプリンタでパーツを作っていたりするのです。私最初は「どうせ3Dプリンタで作っているのって、どうでもいいようなプラスチックのパーツとかでしょ? ハイハイ、3Dプリンタ、3Dプリンタ。」とか失礼なことを考えていたのですが、実際にはロケットエンジンの燃焼室、インジェクタ、ポンプなどを3Dプリンタで作っているらしい。もうそれらのパーツはロケットエンジンそのものと言っても過言ではない主要パーツです。すげえ、3Dプリンタすげえ。


ストラトローンチ

ストラトローンチ・システムズ社のロケット空中発射母艦もやばい。もうこの子の見た目やばないですか? 雑に2機の航空機をくっつけましたというフォルムが最高。ボーイング747(いわゆるジャンボジェット)からかっぱらってきたエンジンを6機搭載。全幅120mの世界最大の航空機だとか。ふぁーーーー。これで間にロケットを搭載して離床、空中で打ち上げロケットを発射するのです。


目撃せよ

私は考えを改めようかと思います。ここ三十年ぐらいは確かに暗黒時代だったかもしれません。でもそれが明日も明後日も続くと、どうして思い込んでいたのか。新しい乗り物が世の中に現れると様々な試行錯誤が行われます。例えば自動車なんかまさにそうでした。自動車の黎明の時代には、様々なエンジン、様々な形状、様々なアイデアが試されました。三輪自動車なんてのもありましたし、ドアが前面についているものも存在しました。決まって面白いのは、試行錯誤をしている黎明期です。今の宇宙開発には、その黎明の匂いがする。黎明の風を感じる。

先ほど引用したRedditの投稿文には実は続きがあります。ここに全文を引用致します。

Born too late to explore the earth, born too early to explore space, but born just in time to watch the first episode of Non Non Biyori Repeat. What a time to be alive.

地球を冒険するには遅すぎ、宇宙を冒険するには早すぎる時代に生まれた我々だが、のんのんびより りぴーとの初回というこの瞬間に立ち会うことができた。生きるとはなんと素晴らしきか。
Redditのスレッドより)

この時代に生を受けた事を喜びましょう。これから宇宙開発のもっとも面白い時代が始まるに違いないのですから。宇宙開発の夜明けを目撃せよ。

BLUE GIANTの主人公は何も変わらない

マンガの「 BLUE GIANT」を読んで、興味深い作品だったので思った事を書かせてください。ちょうど第一部完って感じの10巻も刊行されていますし、語るには良いタイミングに思います。以下、隠すべき所は隠しつつも、多少ですがマンガの内容にも触れます。ネタバレを気にされる未読の方をご注意を。

f:id:notwen:20170528140914p:plain (著者:石塚真一、BLUE GIANT、第1巻 P177,178より)

物語は「変化」を描く

映画、マンガ、小説などあらゆるメディアにおける「ストーリー」って「変化」を描くものだと私は思っています。Aという地点からBという地点へまでの変化の過程を文字、絵、動画で描写するのです。「 やな奴、やな奴、やな奴! 」→ 「雫。大好きだ!」 、「南を甲子園に連れてって」 → 「上杉達也は浅倉南を愛しています。世界中の誰よりも。」さてBLUE GIANTの話です。BLUE GIANTとはどんな作品なのか。以下にAmazonの商品説明より引用します。

ジャズに心打たれた高校3年生の宮本 大は、
川原でサックスを独り吹き続けている。
雨の日も猛暑の日も毎日毎晩、何年も。
「世界一のジャズプレーヤーになる…!!」
努力、才能、信念、環境、運…何が必要なのか。
無謀とも言える目標に、真摯に正面から向かい合う物語は
仙台、広瀬川から始まる。
Amazon「BLUE GIANT」商品ページより)

これを読んだら「主人公の宮本 大(ミヤモト ダイ)が挫折したり、良き師に出会ったり、恋をしたりしながらサックスの才能を開花させていく青春群像劇だな!」って思うじゃないですか。こんな事書いてあったら普通そう思います。私もそう思った。でも何もかもが違った。これは私の知っているどのマンガとも違った。なんじゃこりゃ。

最初からダイヤモンド

既刊全巻を読んだ状態で今思うのは、主人公の大は1巻の1コマ目からすでにダイヤモンドだったということ。原石から徐々にダイヤモンドになっていくのではなく、最初からダイヤモンドだった。大はすでに愛情も情熱も希望も才能も全てを持っていたと思っています。唯一「まだ、世界一のJAZZプレイヤーになっていない」という点だけが欠けていたのです。つまり「確実に世界一になれるのだけれど、まだ周りの人が大が世界一であることに気づいていないよね」というのが、このマンガのスタートラインです。

この世界一のJAZZプレーヤーになれるというのは、私が勝手に思っているというわけではなく確定した事実です。というのもですね、この作品ちょいちょいインタビューシーンが挿入されます。このインタビューというのが、20年後? とかの歳を取った作中の人物が世界一のJAZZプレーヤーになった大について語るというものなのです。「若い頃のあいつは~」とか「あいつの演奏は初めて聴いたのは~」とかを語るわけ。これは、かなり大胆な演出ですよね。だって自分からネタバレしているのですもの。南を甲子園に連れていって優勝する事を速攻でバラしてしまっているわけすよ。いいの? それ。

挫折も良き師も恋も関係ない

最初に挙げたキーワード「挫折」「良き師」「恋」ですが。実はこれら全て BLUE GIANTにも盛り込まれています。でもこれらが大に影響は及ぼしたかというとそうでもない。挫折っぽいシーンはありますが、数ページ後には自己解決しています。 良き師にも出会いサックスの技術を教わります。しかし、師匠が教えたのは純粋に技術的な部分にとどまり、大のもとから持っている圧倒的な才能へは影響を与えていません。もし師匠に会えなかったとしても大は別の方法で技術を習得し、世界一のJAZZプレーヤーになったはずです。恋愛も描かれます。でも恋は恋、音楽は音楽というサバサバした感じ。恋に悩んでサックスが手に付かないというような事は皆無。恋はほんのアクセント程度、刺身のツマぐらいの扱いです。

何が「変化」するのか

大の確定した未来といい、他のキャラクターの大への影響の少なさといい、BLUE GIANTは、異常なほど主人公の「変化」が少ない作品です。大は結局のところ、最初から最後までずっと宮本 大だった。「変化」を拒否しているキャラクターと言ってもいい。では、BLUE GIANTが「変化」の描写が乏しい作品なのかというと、そうではありません。「変化」の描写は大量に出てきます、ただしそれは主人公の変化ではなく、主人公から影響を受けた他の登場人物の「変化」です。大は会った人ほぼすべてと言っていいレベルで影響を与えています。大は前だけみて走り去ってしまうので、各々接している時間自体は少ないのですが、確実に影響受け取ります。その影響を前述のインタビューで確認するわけです。主人公ではなく周りの変化を描いた作品というわけで、BLUE GIANTは異色の物語構造を持つ作品といって良いでしょう。

集え元バンドマン

ネット上の他の方が書いたレビューを読むと激賞の嵐なのですが、私個人としてはそこまでドハマリしませんでした。私はドハマリすると一生そのマンガを読み返し続けるという習性を持っているのですが、BLUE GIANTはそこまで行かなかった。「変化」が描かれる周りの人々が、どんどん入れ替わって紙上から居なくなってしまい、どうも消化不良な感じになった。加えて主人公の大は完璧超人過ぎて感情移入がいまいちできなかったというのもある。とはいっても、面白い作品である事は間違いないので一見の価値はあります。特に昔バンドマンをしていたような人は、昔の情熱を思い出せるという意味でフィットしそうに思います。