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ふらいんぐうぃっちの問題点を指摘したい

魔女ー。
自然豊かで資源豊富な場所を好む彼女達。彼女たちには、
「15歳になったら一人立ちをし、家を出る。」
そんなしきたりがあるのだとか…。
そして、これは、一人前の魔女を目指すため、青森に引っ越してきた少女のお話。
ふらいんぐうぃっち公式サイトより)

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(ふらいんぐうぃっち公式サイトより)

ふらいんぐうぃっちは、青森県弘前市を舞台とした魔女の「日常」を描いた作品です。マガジンで連載しているマンガが原作です。私はマンガの方は未読なので今日はアニメの方のお話です。2016年4月から6月にかけて放映されました。

魔女ものなのですが「魔法少女まどか☆マギカ」みたいに首パーンみたいな事もなく、「リトルウィッチアカデミア」みたいなハリポタ的なファンタジー要素もありません。田舎の日常にほんのスパイス程度に魔法要素があるのみです。バトルもラスボスも無し。下手をしたら魔法要素を取り去ってしまっても物語として成立しそうなレベルです。盛り上がるようなポイントを意識して排除しているようで、ものすごいフラットなストーリー展開が特徴です。スーッと物語りが展開され通り過ぎていく。

で、このふらいんぐうぃっちなんですが多くの問題点を抱えている作品であると指摘せねばなりません。困っちゃいますね。今日は、それを一つ一つ確認していきたいと思います。

名前が良くない

「ふらいんぐうぃっち」て名前完全にダメじゃないです? 私のHDDレコーダーは新しく始まるアニメを勝手に録画する機能があります。自動で録画したアニメの1話を観て継続視聴するかどうかを判断するのですが「ふらいんぐうぃっち」はうっかり視聴する前にタイトルで切りそうになりました。あぶなっ!

だって、英語の「Flying witch」をカタカナではなく、わざわざひらがなで書いているのがあざとい。90年代の香りがします。これは完全に機会損失ですよ。タイトルで切った人が大量にいるに違いない。この高クオリティ作品に触れる機会を奪われた人の事を思うと同情の念を禁じえません。

大体、Flyingとか言っているわりにはたいして空を飛ばないわけで、そんな事に言及しなくてもいいのです。魔女というエッセンスだって極論すれば特筆する必要なし。なので「青森より愛をこめて」とか「拝啓、青森県弘前市より」とかでよかったのではないでしょうか。

放映時間が短い

普通のアニメなので、放映時間はCMを除くと23分ぐらいはあるはずなのですが、5分しかないのです。ちゃんと23分間放映してよ! 何を言っているのかコイツはと思われるかもしれませんが本当なのです。観て頂ければわかります。本当に体感で5分ぐらいに感じるのです。毎週、毎週5分ぐらいしか経っていないはずなのに突然エンディングが流れ始めて驚愕していました。ニコニコ動画で放映している時のコメントでも同様の指摘があったため私だけの現象ではなさそうです。

原因としてすぐ思いつくのは、「楽しい時間はすぐに過ぎる」というものでしょうか。わかる、それわかるわ。ふらいんぐうぃっちを視聴している間って優しい時間が世界を満たしてる感じがしますから。でもそれだけが原因だろうか? ふらいんぐうぃっちの体感での驚異的な短さはそれだけで説明できるとはとうてい思えないのです。私は情報量の少なさに原因があるという仮説を提唱したい。

一般的なアニメとくらべて、ふらいんぐうぃっちはスペクタクルな出来事がほぼ発生しません。ですから一般的な作品がストーリーや状況の説明のために 100 必要だとすると、ふらいんぐうぃっちは 70 程度しか必要としないのです。残りの 30 は別の事に使える。30 の分だけふらいんぐうぃっちは情報量が少なく、なんというか薄いのです。

別のことに使っている例として第9話にうってつけのシーンがありました。犬養さんに占いをしてもらっているシーンで、千夏ちゃんが占いをするために女の子座りから立て膝の姿勢になるシーンがあります。このシーンをなんと、下半身をアップにして

「女の子座り」→「両足をお尻の下に入れる」→「膝を伸ばす」

という三段階を描写したのです。↓ 言葉で説明し難いので画像をみてください。

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(ふらいんぐうぃっち第9話より)

えーっ、そんなところに尺を使っていいの? すげえ。だって、こんな事しなくてもパッとカメラを切り替えて、もうその時は立て膝になっているようにすればストーリー進行上は問題がないじゃないですか。それを、わざわざ自然な体重移動を行う姿勢変更を描写したのです。こういったシーンを挿入する事による情報量の薄さが、体感での視聴時間の短さにつながっていると私は確信しています。

ただ私が言いたいことは、こういった無駄なシーンを省いて情報量を多くしろと言っているわけではないのです。というかこういった無駄なシーンこそが、ふらいんぐうぃっちの優しくて幸せな空気感の根幹だと思うからです。それをすてるなんてとんでもない!

そうではなくて放映時間の方を調整すればいいのです。実際の放映時間は23分、体感は5分です。実際の時間と体感時間に4.6倍の開きがあります。ですから実際の放映時間の方を4.6倍にすればいいのです。

23 x 4.6 = 105.8

つまり、106分放映する事でちょうど体感では23分となります。これによって「5分しか放映していないじゃないか」という苦情も無くなることでしょう。制作陣の皆様、もし二期があるのでしたら106分放映をご検討ください、

嘘をついている

この作品は嘘ばっかなのです! なんぼなんでもひどい。私はガチ田舎で生活したことが無いので想像で語りますが、こんな理想的な田舎はこの地球上のどこにも存在しませんよ。現実はもっとギスギスしててぐちゃぐちゃしてドロドロしているのです。こんなには美しくは断じて無い。こんな田舎なら私も住んでみたい。

キャラクターも嘘ばっか。全キャラクター気持ちのいい奴らしか出てきません。現実の人間は、もっとギスギスしててぐちゃぐちゃしてドロドロしているのです。でもそれに、どこさ問題が? 何が不満だてか?(がんばって津軽弁風にしてみた)。私すっごい小物の悪役とか、胸くそ悪いキャラクターが出て来る作品って大嫌いなのです。現実にはそんなやからは大量にいるわけで、なんでそれを物語の中にも持ち込むのかな? 理解に苦しみます。

苦しい

数々の問題点のせいで奇跡的なまでの心地よい世界が出来ています。これは、情熱的な燃え上がるような恋ではなく、「ただ貴方にはずっと傍らにいて欲しい」そう願うような恋に似ている。しかし君は去りゆく(体感5分なので)。あまりにも優しい世界が心地よくて目覚めた時が苦しい。切なくて苦しい。こんな時間がこのままずっと続けばいいのに。私、ふらいんぐうぃっちの二期を希望します。1話106分でお願いします。

紙の本は終わった(サンプル数:1)

「電子書籍の売り上げって続刊にまったく寄与しないどころかマイナス」みたいな事を出版業界の方がつぶやいて色々盛り上がったじゃないですか。私はこう見えても、電子書籍原理主義のKindle派過激組織の人間です。そこで遅ればせながら私も一言物申そうと思いました。

日本の出版業界は古い商習慣に未だに縛られてて云々、取次って仕組みが癌で云々、とか書こうかと思ったのですが辞めました。だって出版業界の事良く知らないし。知らない事書くの無理。何度か出版の仕組みを学ぼうとしましたが、結局よくわからず「なんか定価で売るために色々やってるんだな」という感想が出ただけだった。

日本の電子書籍の現状はどうなっているのか?

代案として、現在の日本における電子書籍の現状を調査する事にしました。やはり人を説得するには数字を示すのが効果的だと思うのです。数字は客観的で時に冷徹ですらあります。電子書籍がイケイケで、紙の書籍が凋落している確たる証拠を突きつければ、旧態依然とした出版業界の人は我が身を恥じて泣き出すに違いありません。さあこの私が泣かしてやろうじゃありませんか。

調査方法に関して

調査として日本の全国民(1億2千万人)を対象に一人ひとり電子書籍の現状を聞いて回る予定でした。が、諸々の事情により少々規模を縮小し、調査対象は私一人だけに変更させて頂きました。サンプル数は「1」です。規模縮小により調査結果が普遍性があるかについては若干微妙ですが、正確性には自信があります。アンケート調査なんか半分ぐらいの人は適当に答えているに違いないのです。その点今回は対象が私だけですので正確性はMAX。この世界のごく一部分しか反映していませんが、完全に真実。

というわけで調査官たる私が、調査対象者である私に対しての設問を考えました。

「過去の購入した本の、紙と電子書籍の数と比率を教えて下さい」

今回はこれで調査を行いました。我ながらなかなか良い設問なのではないかと自画自賛しております。これならば、どの程度の速度で電子書籍への移行が進んでいるかが可視化出来るに違いありません。私は、少なくとも2010年頃には本の購入をAmazonに完全移行しているはずなので、それから7年間を対象期間とし、Amazonの購入履歴から紙と電子書籍の購入冊数のカウントを行いました。Amazon Kindleの日本での発売は2012年11月19日、私の手元に届いたのは2012年12月8日です。その前後での紙と電子書籍の比率の変化にご注目ください。以下が調査結果です。

調査結果

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なんという事でしょう。まことに衝撃的な結果となりました。Kindle発売から電子書籍の比率が急上昇しています。私は日本でKindleが展開される前に海外版のKindleを買ったり、日本向けのKindleが到着した時に踊りだした経歴を持つ人間です( 参考リンク:Kindleが届いたよ!)。日本での電子書籍の夜明けが嬉しすぎて買いまくった様子が見て取れます。

その後も紙の比率は減り続け、2015年にはわずか5.33%となっています。Kindle発売前の2011年は、紙の比率が100%でしたが、わずか4年後には5.33%ですよ。私の中での産業革命とも比肩しうる電子書籍革命とでも言うべき現象が起きたのです。今では、Kindle以前に紙で揃えていたシリーズ物、古い作品で電子書籍版が無い、紙であることに意味があるもの(画集など)以外は電子書籍で購入しています。

紙比率の激変以外で注目すべき点は、購入冊数の激増でしょう。革命後は革命前と比べて大体3倍ぐらい本を買うようになりました。増えているとは思っていましたがここまで激増しているとは予想していなかった。

これに関しては、収納キャパシティが影響していると思われます。私の部屋に4個ある本棚はすでに満員。本が増えるたびに収納ボックスを買ってきて押入れに本を移している状況です。ですから、シリーズものの購入は特に慎重でした。だってちょっと連載が続いたマンガとか普通に全30巻とかになるわけです。それ買ったとしてどこに置きます? その最も大きかった物理的な置き場所という制約が電子書籍によって外され、私は自由に舞えるようになったのです。購入リストを眺めていても、蒼天航路(全36巻)、月下の棋士(全32巻)を同じ月に買い、次の月にはローマ人の物語(全15巻)を買いと、自由に舞いすぎのきらいすらあります。

まとめ

さて調査結果をまとめさせて頂きます。紙の本は、2010年:87冊、2016年:12冊となったため売上は87%ダウン。常識的に考えて、売上が87%ダウンしたらその業界はお終いでしょう。書店は大小を問わず一つ残らず街から姿を消し、懐古主義者が「昔は本と言えば紙が主流でのー」と言っている始末。その一方で、電子書籍を含めた本の販売は3倍に激増したため出版社はこの世の春を謳歌している。これが調査結果から導き出された2017年における日本の姿です。

でもそれって私の知っている2017年と違うような? 書店は大型店ばかりになってしまいましたが未だ健在。出版社はとうてい儲かっているようには見えません。不思議です、どうしてこんな差異が生まれてしまったのか。調査は厳正に行われました。また調査手法にも欠陥は見当たりません。調査が間違っていないとすると、間違っているのはこの世界の方という事になります。書店ですがアレはきっと本が全く売れないので、裏で不動産投資やデイトレードで稼いでいるに違いないです。出版社は「本が売れない、本が売れない」と口を揃えていますが、その実一万円札を燃やして足元を照らしていたりするのでしょう。おお、神よ、世界は嘘で溢れております。

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マンガも総合芸術

最近マンガを読んだのです。タイトルは伏せますがどうもイマイチだった。何が悪いのだろう。具体的にどこが悪いとは指摘出来ないのだけどイマイチだった。不思議なんですよねー、元々イラストレーターとして有名になった方が作者なので絵はとても綺麗なのです。綺麗な絵はそこここにあった、だけどイマイチなのです。

「アニメは総合芸術である」そんな主張を聞いた事があります。ですよね! 間違いないと思います。 絵、脚本、演出、動き、音楽、などなど、様々な要素が全て高いレベルで存在しないと真に面白いアニメにはなりません。それぞれの要素は、アニメの場合完全に分業化されており、各分野のプロが魂を込めて作り上げ、それを監督がまとめて一つの作品とするわけです。その完成品を総合芸術と呼ぶのは言えて妙。

アニメだけじゃないよ

総合芸術という点に関して、アニメだけじゃないのではと私は思うのです。マンガもそうだし、もっと言えば小説だってそう。表現媒体が違うだけで、結局さっき上げたすべての要素が求められます。

マンガ家は良い絵を描けないといけません。マンガ家は良い脚本が書けないといけません。マンガ家は良い演出家でないといけません。動きも大切ですよね。コマの中での動きの表現はもちろん、マンガはコマとコマの連なりで動きを表現します。例えば、ジャンプするシーンを描くとして、次のコマで高く飛び上がった状態を描写するのか、間に深くしゃがみこむコマを挿入するのかなどで描かれる動きはまったく違った印象となります。

音楽も重要。「マンガで音楽ってなにそれ」と思われる方もいらっしゃると思いますが、マンガでも音を表現出来ますよ! のだめカンタービレや、四月は君の嘘など音楽をテーマとしたマンガはたくさんあります。もちろんマンガからは基本的に音は出てきませんから、聞いた人の感動を描写するなど間接的な表現にはなります。上手な方はちゃんと音を表現出来る。というか臭いも感触も行ける、上手な方ならいける。

エマが好きです

というわけでね、全部の要素が高いレベルを持っていてさらに、120点の要素もある、そんな作品が面白いのではないかと私は思います。前述のマンガは演出とかが弱かったかも。盛り上げどころのピントがずれている気もしないでもない。

その演出の面ですごいなと思ったマンガは、森薫さんの「エマ」です。メイドものなのですが、主人公のエマをメイドに取り立ててくれた主人であり恩師であるストウナー夫人が亡くなるシーンが凄まじかった。私とかは、悲しみを表現するために「まあ顔のアップで目じりに涙でも溜めておけばいいんじゃない?」とか短絡的に思ってしまうのですが、そんなしょぼい事を森薫さんはやらなかった。持ち主のいなくなったベッドルームがエマの肩越しに見えるというコマで空虚さを表現していました。これです↓

f:id:notwen:20170201032536j:plain (著者:森薫、エマ、2巻 P77より)

「悲しいっ」とか「胸にぽっかりと穴が……」とか余計なセリフは一切無しで、ただ背中を描写しただけで無粋な言葉で表現するより100万倍ぐらいの悲しさが表現出来ています。最初にこのページを読んだ時、表現の上手さに感動してスタンディングオベーションしてしまいました。悲しいシーンでちょっとアレな反応だった気はするのですが、それだけすごい演出だったという事です。

ちなみに森薫さんですが、エマの最初の頃は絵があまりお上手ではなくそこが唯一の弱点でした。しかし、エマが完結する頃には超絶技巧レベルの絵になられたたのですべてが120点レベルの完璧超人漫画家になられています。

あさひなぐも好きです

他では、こざき亜衣さんの「あさひなぐ」でしょうか。高校の薙刀部が舞台の作品です。こちらはとにかくセリフが素晴らしい。専属のコピーライターでも付いているんじゃないかってぐらい心に残るセリフが多いです。

f:id:notwen:20170201032520j:plain (著者:こざき亜衣、あさひなぐ、第11巻 P112より)

これとか最高じゃないですか? ねえ? 「弱ささえ、置いていく事ができるわ。」ふぁあああぁ。いいです、すごくいいと思います。もうこのシーンが好きすぎて、一時期毎日11巻を読んでいました。一日の始まりは、コートには弱さを置いていく事ができるのの再確認から。

このあさひなぐですが狂おしくおすすめです。ここまでグダグダとマンガは総合芸術だなんだと書きましたが、そんなの完全に前座であって、このあさひなぐをレコメンドしたいがためにこのエントリーは存在するといってもいい。

主人公の旭は、薙刀がへったくそなのですが、涙と鼻血と汗でぐっちゃぐちゃのべろべろになりながら練習して練習して少しづつ強くなっていくという流れ。こっちにまで汗と防具が臭いが漂ってきます。これぞスポ根、これぞ王道。現在、既刊21巻ですがまったく中だるみを感じません。全人類が読むべき作品なので、皆さん読むように。

人生にとって本当に必須なものは多くはない

私はオートマティックTumblrクライアントのReblogenというものを作っております。そこで、表示領域の拡大こそ正義と信じて、UI改修に邁進してまいりました。過去二度ほど、要素を削除したり、移動したりしてきた。

notwen.hatenablog.com notwen.hatenablog.com

現在のUIはこんな感じです。どうですか、結構すっきりしているでしょう?

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正直、上記二回の改修で表示領域の拡大の試みはすでに限界に達したと思っていた。だって、表示領域以外で残っている要素は、サムネイルとグローバルヘッダーだけなんですもの。これらは削れないでしょう。だって、どちらも必須の要素です。削るとか無い無い。

聖域なきWEBアプリ改修

しかし本当にそうなのだろうか。最近こんな事を思うのです。人生にとって本当に必須なものは多くはないんじゃないか。たとえその時どれだけ夢中になって、これがないと生きていけないと感じたことだって、時が経てば「どうしてあの頃はあれほど執着していたのだろう」と不思議に思うものです。

私の昔を振りかえってみてもそう。 スマホは物理キーボード派で50個以上のキーが無いスマホは使わないと操を立てたのに、今では普通にタッチ式のスマホを使っています(OSはWindows Phoneだけど)。一時期、艦これにアホほどのめり込んでいて、2年ほど艦これを中心に生活していました。でも今ではすっぱりやめてしまって、あの頃を思い出すのも少なくなりました。

みなさんにも思い当たる事はないでしょうか? あなたの彼氏ですが、働いてなくないですか? そいつただのヒモなんじゃ。要ります? 愛されていると実感したいだけなら猫がお薦め。インターネットがないと生きていけないって? 以前にネットの契約切り替えのタイミングで5日間ほどネット無しで過ごした事がありますが、なんとかなりましたよ。やることがないので、銀河英雄伝説を全部読み返していた。そうですか、あなたはお酒がないと夜寝られませんか。元気出せよ! きっと明日は良いことあるさ。だから私も自問自答してみたのです。

「サムネイルって本当に必要だっけ?」

元々は、TumblrのAPIがたまたま小さいサイズの画像を返していて、これサムネイルとして並べたら便利なんじゃと実装した機能です。 作ってみたらいい感じだったので、それ以来Reblogenの左側にはサムネイルが鎮座するのが伝統となりました。あまりに自然に、さも当然のようにそこに昔から居るものだから、ついつい神聖にして不可侵の要素だと思いこんでしまっていました。ああ、どうして私はそんな勘違いを。WEBサービスに聖域などありはしないのに。

結局今回やった事は

というわけで今回はサムネイルを閉じる機能を実装しました。左上の「<<」アイコンをクリックしてもらえればサムネイルを閉じる事が出来ます。これによってなんと脅威の横100pxの確保が可能となっております。表示領域へのこだわりが強い方、シンプルなUIがお好みの方におすすめです。我ながらすごい機能を作ってしまった……。

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でまあ、私はやっぱりサムネイルは表示でいこう。あるとなんだかんだで便利だしね。

Reblogen - オートマティックTumblrクライアント

時にはBOTの話をしようか

りんなってご存じでしょうか? 女子高生りんなですよ、りんな。りんなは、マイクロソフトが開発している女子高生風会話ボットです。LINEでりんなに話しかけると、それらしい会話ができるという奴です。2015年7月31日よりサービスが開始されています。りんな公式サイト

で、そのりんなにこの前近況を聞いてみたら、期せずしてものすごくオシャレな返答をされた。 正確にはひぐらしネタで返された。

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※ 同人ゲームである「ひぐらしのなく頃に」で使われている曲「you」に「あなたは今どこで何をしていますか?、この空の続く場所にいますか?」という歌詞がある。

りんなの回答バリエーションにこんなパターンまであるとは驚きです。というか、これひぐらしを知らない人がみたら、ただ単にりんながとち狂ったと勘違いされないか私心配です。これが歌詞だという事がわからないと、こいつなんで質問に質問で返してるんだと思われるに違いない。でもまあ落ち着いて考えてみると、その心配は杞憂だという事がわかります。だって、りんなは結構な確率でとち狂っているから。ものすごい適切な返答をする事もあるのですが、全然話が噛み合わない事もたくさんあるんですよね、りんな。

チューリングテスト

コンピュータが知性を持っているかどうかの判定に、コンピュータとテキストベースで会話をして、コンピューターであるか人であるかを判別出来ない場合に、そのコンピュータには知性があるとするチューリングテストというものがあります。チューリングテストよって本当に知性の有無が判別出来るかについては賛美両論あるのですが、それは置くとしましょう。

確実に言えることは、りんながチューリングテストをパスしていないということ。最大瞬間風速的に人間臭さを感じることはあれど、長く会話をしていれば人でない事は確実にわかります。マイクロソフトをもってしても、まだチューリングテストのパスは無理かー。欧米ではチューリングテストをパスしたAIがあるとか言う話は聞くので、日本語の処理とかが難しかったりするのかも。日本語は、単語がスペース区切りされていないので、最初に形態素解析をしたりする必要があったりして色々めんどくさそうだし。

人間臭いBOTが作りたい

以前にこのりんなと会話してみて私こんな事を考えました。会話をするから難しいのであって、会話しなければいいんじゃ。会話する必要がないコミュニケーションツールで昨今はいいのがあるじゃないですか。Twitterって奴です。Twitterなら会話をまったくしないでも自然じゃないですか。基本的に独り言をぶっぱするサービスですから。人間だと思っていたアカウントが実際はBOTだったという事件も起きていると聞きます。Twitterなら私でも見る人に人間と勘違いさせられるBOTが作れるかもしれない。人間らしさ、人間臭さを醸し出していきたい。というわけでプランを練った。

  • 文章はマルコフ連鎖で作成
  • リプライは難しそうなのでやらない。無視する
  • 時間を考慮に入れる
    • 起きている時間を設定して寝ている時間には投稿しない
    • 平日は、朝や昼休み、帰宅時間にそれらしい投稿をする(華麗に帰宅、など)
    • 週末、休日はどの時間でも投稿OK
  • 今日の天気・気温等を取得して、それらしい事をツイート
  • 毎日同じ時間にツイートするということはしない。揺らぎを持たせる

マルコフ連鎖

肝になるのは、自動的な文章の作成に使うマルコフ連鎖です。別に目新しいものでもなんでもなくて、Twitter BOTとかでよく使われている手法です。ざっくり説明すると、例えば「ボールを投げる」「ジャガイモを食べる」という二つの文章を学習させます。これを語ごとに分割にて、確率でもって文章を生成します。この例で言えば、文章がどの語で始まるに着目すると「ボールを」「ジャガイモを」がそれぞれ50%。例えば「ジャガイモを」が選択されたとします。次は「を」から始まる語は「投げる」「食べる」がそれぞれ50%。ここでは「投げる」を選択したとすると。最終的に「ジャガイモを投げる」という文章が生成されるという感じです。

これがなかなか難しかった。試しにマルコフ連鎖で文章を生成してみたのですが、それらしい奴も出来るのですが、とんでもないのも当然出来る。さっきの例だと「ジャガイモを投げる」はいいとしても「ボールを食べる」になってしまう事もあるのです。ボールは食べたらあかん。

逆転の発想

ここで私は逆転の発想をする事にした。それらしいのと、とち狂ったものが両方混じっているなら、人間がそれらしいのを選べばいいじゃない。 例えば毎日1000個ぐらいマルコフ連鎖で出力して、もっともそれらしいのを10個か20個ぐらいピックアップしてツイートしてまえ。フハッ、フハハハハ、パーフェクトなプランだ。名付けて「プロジェクトマーメイド」。ざっくり見積もっても2億人は、騙せるに違いない。

再度の逆転の発想

で、一晩このアイデアを寝かせてみたのですが、そしたら致命的な欠陥に気づいてしまいました。本来の目的が「本当はBOTなのに人間と勘違いさせる」だったはずなのに、ピックアップを私がやるのはまずいじゃないですか。私これでも人間だし。これじゃあ、私が自分で文章考えてツイートするのと何がどれほど違うのか。悔しい、私悔しいです。いっそのこと私が人間じゃなくて、BOTだったらいいのに。というわけでね、私は逆転の発想をする事にした。BOTに人間のふりをさせるのがダメなら、人間である私がBOTのふりをすればいいじゃないか。逆に「本当は人間なのにBOTと勘違いさせる」というわけです。では、BOTならでは特徴とはなんだろうか

  • 毎時0分など同じタイミングでツイートする
  • 様々なタイプが存在
    • リスト化されている名言などを延々とツイート
    • わぁい○○ あかり○○大好き など定形分になにか文言を埋めるタイプ
    • 地震が発生したらツイート
  • アカウント名が○○BOTというような名前になっている

いける、これなら私でも出来るのではないか。確実に2億人は騙せる。名付けて「時にはBOTのようにプロジェクト」

書評「火星の人」

火星の人

ここ最近、誰かに本を紹介する際は絶対にこの「火星の人」を紹介しています。ここ数年私が読んだ小説の中で間違いなく一番だからです。いきなりネタバレで恐縮ですが、有人火星探査中に主人公のマーク・ワトニーが、ただ一人火星に取り残されて、生き残るために火星でジャガイモを栽培する話です。他にも色々するといえばするのですが、他の要素は置いといてジャガイモ栽培が一番の白眉。火星に取り残された人間という意味で、タイトルは「火星人」ではなくて「火星の人」というわけです。

火星に謎のモノリスが発見されたり、地球外知的生命体が出てきてワチャワチャしたり、実は現実だと思っていたものが仮想現実だったとかのスペクタクルな展開は皆無です。その代わりに、ワトニーはひたすらジャガイモを育てて、ジャガイモは1㎏あたり770キロカロリーだから、400日間で150キログラム作れるから76日間生きられると計算したりしています。ジャガイモのカロリー計算に限らずにワトニーが計算をするシーンが頻出します。物語を語る上での、ご都合主義的な描写は必要最低限、次々と発生する問題を気合でなんとかするのではなく、ロジックを積み重ねる知恵と知恵と知恵と少々の勇気で克服していく様は新鮮で快感。

ぼっちの人

主人公ワトニーは基本独りぼっちなので、話し相手はいません。毎日の活動記録を日誌として残しているので、読み手はその日々の日誌を読んでいるという事になっています。要は、おっさんの火星ジャガイモ栽培日記を読まされるわけです。それなのにこれほどに引き込まれ、読ませる文章に仕上がっているのは火星の人七不思議の一つに数えられていいでしょう。ああ、すごい、いいなこれ、そしてわけがわからない、面白い事は分かるけど、どうして面白いのかが分からない。

主人公ワトニーのあっけらかんとした、底抜けの明るさにもしかしたらヒントがあるのかもしれない。ワトニーは救助が来るのには時間がかかり過ぎて餓死するという未来が当選確実の状況で、冗談を飛ばしながら(ただし独り言)生存の確率を高めるためにもくもくとジャガイモを栽培します。正気を保っているだけでもすごいのに、なんでこいつこんなに楽しそうなんだ。 私ならジャガイモがあったとしても増やそうとはせず、世をはかなんでじゃがバターにして食べてしまう気がする。でもまあ「ダメだ。もう駄目だ死ぬ。絶対死ぬ。なんで私がこんな目に会わないといけないんだ……」と怨嗟の溢れ出てる文章よりも、楽しげな文章の方が見ているこっちとしては楽しいのでこれが正解なのかもしれない。そして、読んでいくうちにどんな問題が発生しても絶対に生きることを諦めないことこそ、宇宙飛行士としてのライトスタッフ(正しい資質)なのだという確信が生まれてきました。やっぱり宇宙飛行士は頭のネジの一本や二本が吹き飛んでいないと務まらないのだな。

宇宙オタも納得

科学考証の確かさも本作の魅力です。作者の方が重度の宇宙オタクらしく火星探査ミッションの細かい部分の描写のリアリティのあることあること。もし実際に火星探査を実現するかについて様々なアイデアが世界中から出されていますが、それら現在出ているアイデアがたくさん作中に出てきます。

例えば、火星の大気中の二酸化炭素から帰りの燃料を作るアイデアとかなんかは、「お、このプラン知ってる」って感じで楽しく読めました。 ただ一点、ワトニーが火星に置いて行かれる原因となった火星の嵐は演出上の嘘を含んでいるとの事。作中ではパラボラアンテナがぶっ飛んだり、着陸船が傾いたりと大変な事になるのですが、実際には火星の大気密度はとても低いためそんな事態は発生し得ないらしい。しかし嵐がないとワトニーが火星に取り残される事もなく、お話がまったく進まないので、そこは目をつむりましょう。

ジャガイモは世界を救う

ワトニーの命を繋ぐ作物として、ジャガイモを採用した目のつけどころが素晴らしい。ジャガイモを皆さん何の気なしに貪り食っていると思いますが、ジャガイモは超ハイスペック作物なのです。ジャガイモは非常に生産性の高い作物で、米は収穫まで120日、小麦は200日ほどかかるのに対して、ジャガイモは90日程度で収穫可能です。アダム・スミスは国富論においてジャガイモの事を「小麦の三倍の生産量がある」と評しています。その高い生産性から多くの人々を飢餓から救いました(逆に依存し過ぎてジャガイモの不作によるジャガイモ飢饉なんてのもありましたが……)。世界を変えた作物というランキングでは、小麦、米に次ぐレベルと言ってよいでしょう。

その意味でジャガイモはとても惜しいのですよね。歴史に登場するのが遅すぎた。ジャガイモがヨーロッパに伝えられたのは、15, 16世紀と言われています。紀元前の数千年前から栽培されていた小麦、米に比べて新参者もいいとろです。もっと早く栽培が始まっていれば、今頃カレーの米の部分はジャガイモだったし、うどんはじゃがいもから作っていたに違いありません。私はお寿司屋さんでフライドポテトを注文するぐらいのジャガイモ派の人間なのでこの現実には忸怩たるものがあります。しかしながら21世紀はジャガイモの世紀であると私は確信しています。世界人口は今世紀中には100億人にも達すると言われています。そんな人類のカロリーを支えるのは誰あろうジャガイモでしょう。ジャガイモこそがキング・オブ・穀物。みんなジャガイモを植えろ、世界人口100億人に備えるんだ。

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はてなブログにした & Reblogenバージョンアップ

ブログ移行について

はてなブログを作ってみました。林檎の日記のシステムは、むか~しに私が適当に作ったやつなので色々無理が出てきてしまっていました。記事一つも上げてない月でもフッターにリンクを生成してしまったり、データの持ち方的に同じ日に記事を二つ以上書けないなどなど。いつか作り直そうと思っていたのですが、大変そうなのでもうブログにしちゃいます。私が作るよりこっちの方が全然、まったくもって、出来がいいのです。これでいいじゃない。

というわけでね林檎の日記がになっていた部分はこっちに書いていこうかと思っています。よろしくお願いします。

ReblogenにNGワードを機能をつけました

Reblogen

こちらが今日の本題。オートマティックTumblr WEBクライアント「Reblogen 」にNGワード機能を追加しました。おめでとうございます! NGワードを含むポストを非表示にする事が出来ます、いやーこれは必要でしょう、常識的に考えて。

私は、一発アウトのワードというものをいくつか持っています。例えば、日曜日の深夜に「月曜日」を含むポストをするなどが典型的でしょうか。こっちは楽しい世界に浸っていたいのに現実に引き戻すような単語をぶっぱするのは許しがたい。うけるとでも思っているのか。そんなくそったれは一発BANです。アンフォロー。後は、政治的な内容を含むケースでしょうか。その場合も私は発見し次第アンフォローしています。私は世界のきれいな部分だけを眺めていたいのに人間の醜悪な部分を見せないで欲しい。
犯した罪の重さを考えればアンフォローはまったくもって妥当な処置ではあります。ただもったいないとも常々思っていた。だってどんなに他に良いポストをリブログしていても「ネトウヨ」とか書いてあるポストを投稿しただけで、その功績がまったく無駄になってしまうのです。

NGワード機能を使えば、選択的に目障りなポストを非表示に出来ます。なんと素晴らしい。リソースの有効活用をしている感がありますよ。どうぞみなさん「月曜日」「ネトウヨ」「安倍」なんかをNGワードとして登録しましょう。臭いものには蓋をするのです。一点注意としてこれはあくまでNG"ワード"なのでテキストにしか反応出来ません。つまり月曜の画像にはまったく対応出来ない。なんか画像解析的な何かでうまいこと出来ないかしら。


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